お水と戯れる
お水と戯れる
週末に行ったお風呂/サウナでの話。
大きな湯船は温度が高い。 案の定、誰も入っていなかった。 まずはここに入ろう。
誰も入っていない水は微風になびくシルクのよう。 空調の影響か、あるいは人の移動による対流のせいか、水は穏やかに動いている。 そして所々でキラキラと、周囲の光を取り込んでは輝いている。
こう見ていると、眺めているだけで一回”整う”ことができそう。 それほどまでに水は優しく、触れたもの感じたものの全てを受け止め、あるがままに返している。 整うとはこういうことなんだろうなぁ。
だから僕は何も考えず、 ただただこの水と過ごしたいと思った。 この水のように浸かり、この水のような心持ちになってみようと。
すっとお湯に足をつけると、水の表情が少し険しくなる。 不揃いな動きを始め、高い波、低い波が発生する。
全身浸かるのはやめにした。 半身浴で、長くいようと思った。
じっとしていると、水はさっきの平静を取り戻し始める。 そして、徐々に水は僕の形を受け止めた形での安定を獲得していく。
どこまでも水は優しい。 そんなことわかっているのに、少し茶化したくなる。 どんなもんかと、手で水面を仰ぎ始める。
もちろん、それに合わせて水は変化をしていくのだけれど、ここで僕は面白い反応を目撃した。 最初、水面を仰ぐ、これは大体震源地から50cmくらいの範囲にしか影響を及ぼさない。 しかし、同じ動作を続けていると、1m、2m、最終的には端っこまで、波が到達するのです。
人口も多い、人が過ごす世界もバラバラ、 そのなかで、一発で世界の端っこまで届くようなうねりを起こすのは不可能なんでしょうね。
より広く届ける手段は「続けること」しかないのかなと思った。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/necbd0f54602e 公開日: 2022-07-27 16:49
This line appears after every note.
Notes mentioning this note
There are no notes linking to this note.