「お洒落な人」三原則を考えてみた
「お洒落な人」三原則を考えてみた
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《このnoteに書いてあること》
「お洒落な人」について考えてみました。 結局、〇〇をしてる人、とか、〇〇を身につけてる人、とかいう具体の話ではないという結論に至った。 以下3つを全て満たしていることが僕なりの「お洒落な人」論。 ①拘っていること ②似合っていること ③気にさせないこと
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「お洒落」と「お洒落な人」は違う  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
本題に入る前に、一度整理をしておきたいことがあります。
このnoteで話題にしているのは、 ・「お洒落」とは何か、ではなくて、 ・「お洒落な人」とは何か、であるということです。
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「お洒落」とは  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
お洒落とは何か、という話って、 「まずは辞書をひいてみると…」みたいな話になるんですよね。
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僕の中で「お洒落」という言葉の”存在領域”を確認しておくと。 要は、人が何かに対して思うこと、ですよね。
例えば人だったり、植物だったり、家具や建築だったり、写真だったり、飲み物だったり。 人と一口に言っても、見かけの話だけではない。 している習慣や言動にも「お洒落」と思うことはできるでしょう。
人が認識できたものに、その性質が帯びていることを確認し、初めて発せられる言葉、それが「お洒落」だと思っています。
つまり、「お洒落」について語るというのはこういうこと。
「お洒落」が宿る主体から、 その性質だけを抜き出してきて、 それだけを独立的に語る行為。
「お洒落」という言葉は概念でしかないのです。
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「お洒落な人」とは  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「お洒落な人」というのはそうじゃない。 「かっこいい」について語るのと「かっこいい人」について語るのが違うイメージに非常に近しい。
語ろうとしているのはあくまでも「人」なんですよね。 お洒落ってなに?ってなるとその意味を問うてるけど、 お洒落な人ってなに?ってなると、どんな人かを問うている。
すると、結局はお洒落、というより、人について考えるようになる。
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考えてみて、ぼんやり思ったことがあった。
「お洒落な人」というのは、 「お洒落」という、ある種パッケージングされたような素質が備わっていて、だからお洒落な人といえる、 みたいな話ではないのかもしれない、ということ。
その人が持つ本源的な特性が元々いくつかあって、 それらがその人の言動を通して、同時に組み合わさるように垣間見れたとき、「お洒落」って思うものなんじゃないかと。
その意味で、 お洒落というのはただ人の見かけの話なんじゃないかなぁと思った。
お洒落は自分を知るところから、というのはそういうことか、と納得してみたりしなかったり。
まぁ、良い。結論を述べます。
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「お洒落な人」三原則  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
①拘っていること ②似合っていること ③気にさせないこと
こだわりがない人はお洒落ではない。 適当に見繕ってきたものが例え似合っていたとしても、 あるいは、他人の強烈な注意を集めなくても、お洒落とは言えない。
次に、似合っていないとお洒落ではない。 拘っているけど似合ってない、という人も多いからね。
個人的に、「気にさせないこと」は重要な要素。 例えば服装で言うならば、自分のスタイルに沿った中でのバリエーションで楽しむということ。軸があることが大事。 「そう言う人なのね」感というか。 これは趣味とかでもそう。
あとは、周囲の人間が飽きるまで同じことを続け、もうそれをしていても何とも思わない感じがあると、その人のお洒落度はグッと増してくる。 こうなると、その人はその人なりの軸を見つけている感がある。
https://open.spotify.com/album/5JJ779nrbHx0KB2lBrMMa4?si=Q7YddBNKQ1KvFfYFlZyDAg
ほんとこれ好き
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n59a6df0c24cd 公開日: 2022-06-02 17:00
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