なぜ柔軟をするか
なぜ柔軟をするか
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3月にランニングを始めてもう丸2ヶ月が過ぎようとしている。ランニングをきっかけに始めた柔軟も、もう意外と1ヶ月以上はやってるんだなあ。
僕はなぜ柔軟をするのか、柔軟をしながら考えていたことを少し言葉にまとめておきたい。
■ 今日聴いた曲 「ビリー・ホリデイ / All Or Nothing At All」
https://open.spotify.com/album/4euFXiaCTmBkwh9HXjagp9?si=Z93YN2WrSbekJxKzoFWCGA
もともと、レスターヤングの「レスターヤングin Paris」って曲を聞きたくて。Spotifyでうまく探せなかったなかでたまたま出会った。非常に良い。
柔軟を始めたきっかけ
いきなり少し話はズレるが、今とっさに感じたのは、「きっかけ」と「なぜ」は質的に違うということ。 「なぜ」というのは根が深い。 「きっかけ」は以前と以後を切り分けただけのような感じがします。
付き合ったきっかけは合コンでも、 なぜ付き合ったかと聞かれたら、お互いが付き合いたくなるような素養や相性は、合コンで出会う前から個々人に備わっていた訳であって。
きっかけは紛れもなくランニング。 “なぜ”は別のところにあります。
柔らかくするメリット・デメリット
一応、柔軟を始める直前、「柔軟 メリット」「柔軟 デメリット」なんてクエリを叩いてみることはありました。 記事もいくつか読んではみたけれど、
・じゃあやろう ・じゃあやめておこう のジャッジをするまでに至るような情報はゲットできなかった。
まぁとはいえ、そもそも柔軟に興味があったから検索したわけで、調べる前から、記事を読む前からしたかったのは自明。 人は知らないことは調べられず、興味のないことは調べませんから。
ちなみに、メリットには、 怪我しにくくなる、体力つける、然るべきスポーツをやるときに役立つ、 などありましたね。色んなメリットを目にしたけれど、違和感を感じます。 なんか、言ってることが軽いというか。
きっと、「なぜやるか」というのはどこまでもパーソナルな理由になっていくと思うんですよね。 野球がもっと上手くなりたいとか、そう言うのを掲げている人なら、そのために股関節を柔らかくしたいとかさ。 だったら、スポーツをやるときに役立つ、ということに「なぜ」という重きを置いて柔軟を人だってたくさんいるんでしょうね。
うーん、個々人がそれぞれ持つべき「なぜ」を軽々しくメリットとして書き連ねちゃっているところに、情報としての軽さを感じたのかしら。
まぁ、僕が重きを置いているのはそこじゃない。
美味しそうな体作り
自分らが人間を喰らう生物だったとしましょう。 そのとき、どんな人間が美味しそうって、やっぱり体が柔らかい人は美味しそうですよね。 開脚したとき腰が座ってなくて、効果音で「ギギギ」みたいな音が入りそうな不格好な様をみていると、それはそれは美味しくなさそうだなと。
少し気味が悪いと思うような発想かもしれませんが、僕は非常に重要な視点と思いますよ。そもそも、食物連鎖というのは食う食われるの関係ですから。 誰かを食って、誰かに食われて。 食われているから食えて、食えているから食われているのです。
食物連鎖、というのは地球に存在する普遍性の高い仕組み。 その点で、美味しそうな体作りをすることは地球に色んな生物種と共存していくなかで、非常に価値の高い高尚な営みに思えるのです。
少し視点を変えた説明をすると。 美人って、その時代その時代で変わっているってよく言われるじゃないですか。昔はこんなのが美人扱いされてたんやで、的な。
すると、人体における美って、変わりゆく美、その儚さ的なものしか見出せないのか、ということを起点に、いや、普遍的に「これが美しいんだ」と言えるものがあるんじゃないか、そう考えたくなってみるのです。
その結果、一つの正解に辿り着いたということです。 しなやかで柔らかい体は普遍的に美しいのではないかと。
柔軟はやるべき
だから、柔軟(自分で自分の体を柔らかくする行為)は非常に価値の高いことなのです。 普段、美味しくお肉を食べている私たち、地球に住む生物種としての真摯な取り組みなんじゃないでしょうか。
命を差し出すように柔軟をする、と多少の痛みも緩和されますよ。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n0ec8b27462f7 公開日: 2022-04-28 17:00
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