なぜ灰色を「灰色」と言うか。
なぜ灰色を「灰色」と言うか。
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*現在mediumからnoteへの移行中につき、記事の全文を無料公開しています。なお、こちらの記事は2021年8月31日に書かれたものです。 (ちょいと修正しました)
灰色、というネーミングがとても面白く感じます。
灰というのは物を燃やしたときに出るあれ。 例えば、家にある本を読み切ったからと燃やすとする。 すると出てくるのが灰。
では、この灰は本でしょうか? 本ではないけれど、本が灰になっているわけで、ブチっと灰と本が断絶できる関係にあるわけでもない。 灰は確かに本があったことを肯定しています。 でも灰になった本を読むことはできない。 読むことができない本はないようなものかもしれない。
このように、灰という存在は、物質の「ある」と「ない」の間をフラフラしている象徴みたいなものに思えます。 それがちょうど、「黒」と「白」の間に位置付けられる色と概念的に非常に近しいものを感じるのです。
灰は物質の「ある」と「ない」の重ね合わせ。
だから白と黒を重ねて(混ぜて)できた色を、「灰」色と当てたと考えると、その名付け親に会ってご挨拶したくなります。
もちろん、ここまでの話は全て僕の妄想に過ぎないのですが、でもやっぱりなんで、今私たちが認識している灰色に「灰色」と名付けたのでしょう。
要は、両極端にある概念が共存しているというエッセンスであるならば、補色関係にある他の色同士を混ぜた色を灰色と名付けて構わないと思いませんか。
恐らく、灰の色が今の「灰色」だったからと思います。
灰の色が黒と白を混ぜ合わせた色に似ている、その上で、先に申した共通項もあるということで、「灰色」と今の灰色に名付けられたのではないでしょうか。
つまり、灰の色が緑色(青と黄の混ぜ合わせ)だったら。
緑色を「灰色」と名付けていたのかもしれません。 いや、もしそうだったら、「自然の緑に似ているな」という方の由来が勝って、灰色という名前は世界になかったかもしれません。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n9cf12fd23a5b 公開日: 2022-02-17 13:00
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