なぜ経年性に美を感じるのか。

なぜ経年性に美を感じるのか。

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medium→noteの転載が面倒になってきた。

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■ 今日聴いた曲 ビル・エヴァンス「Portrait in Jazz」

https://open.spotify.com/album/7dlYNvbD4QYDL3sSkTCjxi?si=89EEtX0bQ3i1vclhH1Yfjw

傑作ですね。

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*現在mediumからnoteへの移行中につき、記事の全文を無料公開しています。なお、こちらの記事は2021年11月23日に書かれたものです。

僕は革靴が好きです。

革の経年変化、エイジングと言いますが、それが好きで。 10年目のトリッカーズモールトンとか超カッコいいですからね。 その何がかっこいいんだろうと見ていると、自分は「革」というより、「経年性」を見るのが好きなのかもしれないと思い始めます。

それから、質量あるものへの見方が変わりました。

もちろん、革も好きです。 独特の匂いや手触り。あと、他の動物からへの頂き物であることからくる緊張感と覚悟、これらは革という素材がもたらすものであることに変わらないし、だからこそ長く使いたくなる部分もあるのだけれど。

経年性そのものに興味があるのも確かで。 そして、経年性自体は他の対象にも感じ得ることができる。 このような過程でもって、自分のなかに少しずつ変化が起こってきました。

わかりやすいところでは、まず少しだけ遠ざける感覚でいたスニーカーを受け入れられるようになりました。 革靴かっけえ、から出発した自分なので

「革靴は磨いていくごとに格好良くなっていく=育っていく点でスニーカーとは違う。スニーカーは放っておいたって加水分解が起こってしまうだろう。履く前がいちばんかっこいい靴なんて、」

みたいに思っていたのですが。 それもまた経年がもたらす一つの結果なのだと思うと、愛らしく思えるものがあるなと思いまして。

他の「経年性」も追ってみたくなりました。例えば金属。

今、kawecoのシャーペンを使っていますが、無難にもマットな黒を選んでしまっていた数年前の自分。 ただ、2色展開のうちのもう片方が金色ですからね、そのときは「なかなか攻めたラインナップだなぁ」くらいにしか思っていませんでしたが、今もう一度見てみると、その金色の方が「真鍮」でできているシャーペンだったそうで。

もちろん、今持つシャーペンにも経年性を見ることはできるけれど、真鍮が酸化していく様子をみていくのも、面白そうだなぁと思ったり。 夜中、散歩の道中見かける埃を被ったポスト。日に焼けて夜になって少し曇った公衆電話のガラス。

これらに美しさを覚えるのです。何故だろう。

そもそも経年(時間の経過)を目にできる、ということが、情景を匂いに落とし込む香水の調香や、感情を音に落とし込む音楽の作曲にも似ている。

つまり、経年したものに対して、「自然の法則によって出来上がったアート」的な見方ができるのでしょうか。

経年性の行くところは自分に向く。 自分の経年性を愛したいと思うようになりました。 革を磨くように、自分を磨く。 丁寧に使い、それでも静かに、徐々に、朽ちていくものを愛す。

未来から波のように時間が押し寄せてくる。 それを常に受け止め続けているこの体。 どれほどの時間エネルギーを受け止め続けているのだろう、と思います。 頑張れ、自分。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n003d6c59b9ea 公開日: 2022-04-02 22:43

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