なぜ「コンプレックス」という言葉を使うのか
なぜ「コンプレックス」という言葉を使うのか
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コンプレックスという言葉を言い出したのは誰なんだろう?と考えて、もしかしたらコンプレックスを持つ当人だったのかもしれないと思い始めてから、じゃあ何でその人はコンプレックスという言葉を使いたいんだろうと思うようになったのでそのことについてまとめておく。
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■ 今日聴いた曲 King gnu「カメレオン」
https://open.spotify.com/album/2dZ3LDlFGj0D4dvb1iDx7z?si=qJSYRwoTTCSuFmyOIvDolQ
感動した、鬼リピ中
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*現在mediumからnoteへの移行中につき、記事の全文を無料公開しています。なお、こちらの記事は2021年12月2日に書かれたものです。
“それ”をコンプレックスだと思う自分、と、周りの人々。
肌感ですが、コンプレックスという言葉を使い始めたのは、”それ”をコンプレックスだと思っている人が言い始めたのだと思います。周りの人々が「お前、それコンプレックスじゃね?」とではなくて。
自分にはかつて、コンプレックスがあったように思います。 乾燥肌で、ガサガサしたり、出血して、インナーの白いシャツが所々、血で汚れていたり。
そんなこともあって、中学校の身体計測にどうしても参加したくなかった僕は、親に懇願して病欠させてもらったこともある。 ひょうきんで変なやつぶって、夏の体育の授業でジャージを着てみたりしたのもそう。
どうしても痒みに耐えられなくて、塾で実施したテストの途中、お手洗いとテスト監督に断ってから、外で存分に体を掻きむしった思い出もあった気がする。どれも懐かしい。 それからというもの、自身の肌機能が改善した、ということは一切ありません。
それでも、自分の肌との付き合い方がわかってきたので、結果として目に見える肌の質感は当時のそれよりかは良くなってきたと思います。 例えば、ニベアとかワセリンの塗る量、そのタイミング、頻度とか。 どのくらいの肌の状況で何の薬を塗るか、とか。 もちろん、当時の痕みたいなものは残ってしまっていたりするけれど、だいぶ付き合い方はわかってきました。
今、貴方のコンプレックスは?と聞かれたとして。 自分の肌が弱いことを挙げる気にはなりません。 言葉がうまく思いつかないのですが、「それが自分だから」、みたいな感覚というか。
自分の身体の部位や機能は全て、そのままとして存在するだけなのです。 そこにコンプレックス、という見方を与えていないだけです。 コップに半分入った水の話です。
コンプレックスは?という質問は、僕の部位や機能に関して、「コンプレックス」というタグ付けがなされているものを、その箱のなかに放り込んで、差し出せ、と言われているようなものです。
僕は、質問を受ければ一応そのタグを背負って、部位や機能をトコトコ歩いて見回ってはみるものの、どれもコンプレックスというタグがつくほど安いものではないのです。
だから、僕は困るのです。 コンプレックスを聞いてきた人を前に、僕は悩んでいる表情を見せてしまうのです。
すると聞き手、「なるほど、貴方様は非常に羨ましい人間だ」。 このようにして、恐らく自分が想定していないであろう自分像を、相手に植え付けることになってしまうのです。
僕は僕の体でしか自我を認識できない、人の体をやってみたことがない。 みんな自分の体を上手に飼い慣らしているのです。 じゃなきゃ街やそこらじゅうで人々はおっぱじめていることでしょう。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n904a45ce1d87 公開日: 2022-04-02 23:20
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