なぜ"最大"公倍数・"最小"公約数は教科書に載らないか?
なぜ"最大"公倍数・"最小"公約数は教科書に載らないか?
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電車広告でとある中高一貫校の入試問題を発見。 「最小公倍数、最大公約数は教科書に載っているけれど、 最大公倍数、最小公約数は教科書に載っていません。」 それがなぜか、という問題です。
非常に面白い問題だと思いました。 問い方がなぜ「教科書に」書いていないかであることが肝だと思う。 ぜひ一緒に考えてみませんか?
教科書に載る/載らないの基準とは
最大公倍数というのは数が定まりません。 強いて言うなら無限? つまり、答えが決まらないから、教科書に書かない? いや、「無限」という答えを持って、答えは決まったと言えるかもしれない。 ちょっと待てよ。 どちらでもあって、どちらでもない。 つまり、ややこしい/あやふやだから教科書に書かないということ?
いや違う。 だって、最小公約数は絶対に1だ。 これ以上に、「確定した」情報もないくらい、いつだって1。 つまり、最小公約数は、圧倒的に答えが決まるのに、教科書に書かない。
ここで、 不安定、あるいは確実といった性質が、教科書に載ることへの判断基準にはなり得ないんだということを知るのです。
教科書に宿る意思を読み解け
というかそもそも、 数学という論理で組み上げられた世界に無駄なものなんてないのでは?と思い始める。 そして、これ自体は間違ってないと思う。 「地球に意味のないものなんてない」、みたいな理屈で。
ならば、教科書には載っていない情報がある=情報の取捨選択が行われている以上、 数学というピュアな世界の綺麗な映し絵として、教科書が存在していないのは明らか。
学年別にカリキュラムを区切ったのは数学じゃないもんね。 数学が元々、1年間に学習しやすい量にちょうどテーマが区切られていたわけではない。 これもまた、1つの人間が勝手に数学に与えた「見方」の話。
つまり、教科書には「作成者の意思」が宿っていることにここで気づくのです。 ・その世界を知る者が、 ・その世界に飛び込もうとする者に、 なるべくスムーズなランディングができるよう、世界の切り取り方、見せ方にこだわった結果の教科書です。
言い換えた話。 「これは言わない、これだけを全面に押し出した方が良い」。 というのは、教わる子どもたちのことを考えた話であって、数学のことを考えたわけではないですよね。数学からしたら、全部があって数学の世界ですから。
ここまでくると、この問題の本質が見えてくるような気がします。 要は、「なぜ作成者が書かないという判断を下したか」、その判断に込めた作成者の意思・ポリシーを読み解け、という話なのです。
問題の意図
この問題は、子どもたちに対して、 教科書を読む側から、作る側の視点で物事を考えさせることを求めているんだと思う。 言い換えれば、誰かが研究したことを勉強する「生徒」の視点ではなく、新たな世界を切り開く「研究者」の視点での思考ができる人を求めているようにも思えます。
それを、非常にキャッチーなテーマで、小学生に優しく、でも確実に聞きたいことを問うているこの問題はやはり電車広告に乗るくらい素晴らしいんだなと、思いました。
個人的な回答
最大公倍数はどの数字の組み合わせでも数がいくらでも大きくなるので、そのとき与えられた複数の数字が意味を持たないから。 同様に、最小公約数はどの数字の組み合わせでも答えは1になるから。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/na54f0bceb2a0 公開日: 2022-05-23 17:00
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