ヴィーガンの人を見て思ったこと。

ヴィーガンの人を見て思ったこと。

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著者はヴィーガン主義に対する考えを更に詳細に掘り下げています。彼の分析は主に以下のポイントに焦点を当てています。

倫理の重要性: 著者はヴィーガン主義を考える上での中核として「倫理」の概念を強調しています。彼は、ヴィーガン主義に関連する倫理的問題を深く理解することが重要であると信じています。

多様な意見の受容とその限界: 文章では、異なる意見(ヴィーガンと非ヴィーガン)の共存の可能性について触れていますが、ヴィーガン派の人々にとって肉食は「圧倒的悪」とされるため、その多様性を受け入れることは難しいと述べています。

倫理的行動の対立: 著者は、ヴィーガン派の活動が常に倫理的であるとは限らないことを指摘しています。例えば、倫理を訴えながら倫理に反する行動を取ることの矛盾を示唆しています。

「正しい」とは何かの探求: 著者は、「正しい行為」とは何かについての考察を深めています。彼は、倫理的な「正しさ」が文脈や状況によって異なると主張し、この相対性を理解することの重要性を強調しています。

個人の選択と自己認識: 文章の最後に、著者は自己認識に焦点を当て、自身の行動や信念が他人とどのように似ているかを反映しています。彼はヴィーガン主義者、健康に関する極端な信念を持つ人々、そして自身の消費行動との間に類似点を見出しています。

この文章を通じて、著者はヴィーガン主義に関する深い思考と複雑な感情を示しています。彼は、個人の倫理観、多様性の受容、そして自己認識の重要性を織り交ぜながら、この問題に対する自身の洞察を提供しています。彼のスタンスは直接的ではないものの、ヴィーガン主義とその周辺の倫理的問題に対する深い理解と反省を読者に促しています。

GPT僕は、ヴィーガンについて考える上で、重要になってくるのが、「倫理」とについて考えることだと思っている。

ちなみに、ヴィーガン派の一連の派手な活動については、個人的には正直瑣末な議論だと感じている。それこそ以前、その部分を指摘していた非ヴィーガンの方がいらした。「Aの考えもBの考えもあっていい。貴方はAで僕らはB。だからこそ、Bを否定してAだけが正しいと言う必要ないじゃん」と。

一見苦味の少ないスッキリとした意見のようにも見えるが、この指摘も個人的には微妙なところだと思う。例えば、「カジュアルに人を殺した方が良いという人もいるし、そうでない人もいるだけ。」みたいな感じで話を落とし込まれたら、流石に非ヴィーガン派の人も違和感を感じるのではないだろうか?

少なくともヴィーガンの人としては、肉を食べることを”圧倒的悪”だと認定しいるわけだから、AもBもあっていいというスタンスが取れないんだと思うんですよ。多様性みたいなことを訴えても彼らには1mmも響かないと思う。

決して、ヴィーガン派の活動を認めているわけではない。それこそ、人を殺してはいけないんだ!と言いながら、人殺し容認派の人らを殺し回っていたら、それはそれで自己矛盾だと思うし。倫理を訴える彼らの主張の届け方が倫理的じゃないかもしれない。

やはり、ヴィーガンに関する議論は「倫理とは何か?」に焦点が当てられるべきなのではないか?と思うのだ。

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倫理、それは人としての正しい行為のこと。じゃあ、動物を殺すことが人としての正しい行為であるかどうか、について考えてみる。 厄介なのがやはり、「正しい」という部分。

ここで、「殺すことは、間違っている」と瞬時に判断することは余りにも短絡的すぎると思う(※先ほどは例で使ってしまったばかりの僕が言えたことではないかもしれないが)。

ここから少し、話を有利に進めてしまいかねないが、「正しい」についてどう考えるかを、考えなければならないと思う。

僕は正しさというものは、フィールドで決まってくるんだと考えている。例えるなら、教室の中で「前」が決まってくるように。黒板もロッカーもない、ただの、正方形の箱の中で、人々は「前」に関する共通の認識を持つことはできない。

そこでいろんな人がいる。人類史をフィールドに展開してくる人もいるだろうし、食物連鎖を引き合いに出してくる人もいるだろうし、宇宙の始まりみたいなところから話を展開する人もいるだろうし。あるいは、生活することについて展開する人もいると思う。何かを犠牲に生きているんだ、的な。

このフィールドが決まったら、(僕途中で脱落した組なので詳しくは知らないんだけれど)領域展開みたいなものだ。フィールドが決まったら勝敗が決まったようなもの。正しさが決まったようなもの。

どのフィールドで、「正しい論」を展開するか、が非常に重要。フィールドとフィールドの検討が必要になってくる。乃木坂に受かるのと、M1で優勝するのどっちが難しいのか、みたいな検討だ。単に倍率だけじゃ測れない。

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一旦、ここいらでそろそろ僕を逃がしてください。僕的には、だいぶ逃げずに頑張った方。元々こんなに書くつもりじゃなかった。

なんでこんなこと書こうと思ったかって。

ヴィーガンの人と、牛乳とか砂糖が毒だ、とか言う人、あと電車でビニールの手袋をして手すりに捕まる人ってなんか似ているなと思ったとき、「コットン100%」とか「ピュアカシミヤ100%」の洋服にこだわっている自分も、彼らに似たようなものなのかもしれない、とパッと思ったんですよね。 「デニムにポリエステル2%入っとるやんけ!」とか思ってる自分は、いわゆる最近話題の「無添加厨」みたいなものなのかもしれない、と。

そんな自分がちょっとダサくみえた。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n4ab8fc566036 公開日: 2023-11-24 18:00

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