キラキラネームを肯定しようPart2
キラキラネームを肯定しようPart2
**
キラキラネーム、別にいいんじゃねえのという持論をまとめた以下の記事。 あれを書いて出してから、また思うことが少しできたので書き足しておきたい。
前回の記事で書いたこと。
要は、キラキラネームは総じて読みにくいのが問題なんじゃないかと。 だから、①名前に使える文字の幅を広げること、②「読みやすさ」を名前受領の基準に加える/基準を厳しくする、がいいんじゃないのと思った、というような話。
最後に、子供のことを考えた方が良いなという話にも言及していて、 ただそれは今散見されるようなキラキラネームを廃止したところで「子供が自分の名前を嫌に思う」ことは無くならないと思っていて、 結局人が決めたものを使っているから、嫌に思うんじゃないかと。
だから、自分でいくつもの名前をつけられたらいいじゃないのという話をした。今日は、この部分についてもう少し詳しく。
■ 前回の記事はこちら
https://note.com/cheezbutler/n/nacee83c028dc
キラキラネームを肯定しようPart2
自分で付けた名前たちは、それぞれウォレットに紐づいていて、だから、例えばお店の予約とかでバックれの心配もない。 あとは、その人が何をしてきた人か、実績や経験、経歴のような個人情報もウォレットに格納されているので、十分に「自分が自分につけた名前で生活ができる」んじゃないかと。
実質的に、親の付けた名前が実質機能しない、みたいな社会がくればいいんじゃないかと思う。 もしかしたら、本籍地、的な感じの影の薄さになるのかなと。 いや、そこまできちゃえばもうIDでいいよねってなって、マイナンバー的な番号がいわゆる名前になって、それに紐づくようにいくつかの名前がある感じになるのかしら。
誰かが言ってた話で 「おばあちゃんになったときに、”ラブ”って名前はねぇ」みたいなキラキラ反対意見を言ってた気もするが、僕の思う世界線では、ラブちゃんがおばあちゃんになる頃には、ラブという名前で生きなくても良くなってくる世界になってると思うのです。少なくともラブという名前が気に入っている人以外は、自分で付けた名前を使っていると思っているのです。
生まれてからある程度自我が芽生えるまでは、親から授かった名前で生活し、自分で名前を変えたかったら新しく作ることもできる、みたいな。 そうなったら、苗字と名前、っていう考え方自体をやめていいかもしれないですね。 なんで苗字と名前があるかって、当時はきっと理由があっただろうけど、その理由だって、別にもう今は機能してないでしょ。
「じゅげむじゅげむ…(中略)…長介!」みたいな文章のような名前だっていいし、 「ROLAND」みたいな一言、みたいな名前だっていいし。 心が女性なら「はるか」でもなんでも付けたらいいじゃないですか。
ただ、少し自由主義的な色が濃い気もする。 なんでもありにしたい、ありにすればええやん、みたいな。
もっと他の方の意見も拾ってみることで、口当たりの柔らかいみんなが受け止めやすい考えに醸成されていくのかなと思う。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/ndaeb9dab5b06 公開日: 2022-05-30 17:00
This line appears after every note.
Notes mentioning this note
There are no notes linking to this note.