ストレスのコントロール

ストレスのコントロール

ついこの前まで、異常に本を買っていた。

9連休の用事を考えること、片足突っ込んでるという実感を「買う」ことで得たかったのかも知れない。いや違うか。

なんてったって読みたい本があるのだもの。その本を読まないといけないと思ってしまうもの。

今月のamazon用のクレカ請求額、見たら7万円を超えていたよ、もう怖くて見てない。

本以外で先月より多めに買ったものなんて無いから、本だけでこの金額に押し上げたということ。

先月のAmazonの購入金額はまぁいっても2〜3万円くらい?

「なぜ本をたくさん読もうとしているのか」。

そう問われると、「戦闘力を上げざるを得ないから」と答えるしかないな。これは、かつて獲物と対峙したサピエンスとして培われた、危機に対する本能的にリアクトしてくるのに似た種のもの。要するに、その場の外部環境に依存する動機であって僕のせいじゃない。読まされているようなもの。

ビジネス本ですね。学生の頃貪るように読む時期があって、そんな自分をダサいと思うようになって詩とか純文学とか新書とかに走って、また戻ってきた感じ。いや、両立してる感じ。

「なぜ本を買っているのか」。

これは僕の問題である。僕は本だけは買うことに対して一切の躊躇いがない。「読みたい」と思うことと、「購入する」という行為が同時的に発生している。これは、親の教育が大きいと思っている。本は無限に買っていい、まさに「なんぼあっても良いですからね」と思ってる節がある。

そんなことはさておき、今日はそんな大量に買っている本の中の1冊、「ストレス」に関する本の話。

まだ全部読んでいるわけではないけれど、これは読んだ話の内容・要約ではなく、僕の考えだと思って聞いて欲しい。

前提として、ストレスは悪いものじゃない。大事なのは、できる範囲で、ストレスの量を調整すること。そして、やってくるストレスに対して、良き対応を取るということ。本書でも言っているが、やってきたストレスに対して、「やったるで」と捉えるのと「いやだ逃げたい」的な感じで捉えるのとでは、体に出る反応がまるで違うものになるらしい。

まず、ストレスの量のコントロールは完全には難しい。誰かの死も心に強い負荷を与える意味で1つの大きなストレス。そんなもの、コントロールできない。

ストレスの量についてコントロール、と聞くと、もしかしたらなんとなく「過剰を減らす」ニュアンスがあるかも知れない。が僕は全く逆の意味でコントロールしたいと思っている。そう、少なすぎるストレスに何か足してあげるという意味でのコントロールである。

そのくらい、ノンストレスであることは、それもまたよくないことだと僕は考えている。

ノンストレスでは心のメタボリック症候群、みたいなものになりかねないと思っている。

適度にシェイプアップさせる刺激は必要だ。

だから、いつもと同じ仕事をしてはいけない。初めてのことをなるべく1日のなか、あるいは1週間のなかに取り入れる。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n9bbc2e5f8815 公開日: 2024-12-29 14:00

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