タバコと素潜り。
タバコと素潜り。
年末、加えて、新しい仕事に慣れていない部分が多く、振り回されているような感じ、先回りではなく後追いな感じ、の仕事の仕方になっている。
頭ではわかっているけれど、と思う今の自分を、きっと過去の自分は睨みつけてくるだろう。そんなことを思うと今の生き方そのものがコソコソし出す。
そんなときの浅い呼吸たるや。
比喩的というか心の呼吸、みたいな話だけじゃなくて、そもそも身体的にまともな呼吸ができていないのかもしれない。
そして思った。僕は呼吸をするためにタバコを吸っていたのかもしれない、と。そんなこんなで最近やっているのが、夜道を歩きながら、高く昇った月に向かって、力強く息を吐くこと。まるでタバコの煙を吐くように。
これが意外にもかなり気持ち良い。ぜひやってみてもらいたい。ポイントは、本当にタバコの煙を吐くようにして、煙を警戒した目つきにすること。それと、息を吐いた後、カッコつけたようなアンニュイ風の表情にすること。
次に、精神的な呼吸問題について考えたい。
そもそも、エッセイとは素潜りのことだ。
なるべく考えることを減らし(これは少ないことを深く考えることと同義)、次第に、引力に導かれるようにして体がただただ沈んでいく。そのままに文章を書く。これがエッセイだと思う。
ただ、今のような外的環境が荒んでいる中で、考え事を減らすと言うのは実に厳しい。
「そいえば、あそこにプッシュしてないな」「せや、あれの資料修正せな」「つか、あっこのフロー組み立てなあかんよな」。
良いから黙っとけ、やるから。というスタンスで、ある種の図々しさを手にせねば、なかなか満足いく潜水ができなくなってしまう。
すぐに浮上したくなってしまうのだ。すると、noteを書こうにも書けない。
正直、書く時間は取れる。別に、10分20分、いや、全然1hくらいなら時間は確保できるから満足いくだけ文章を書くことはできる。
が、心の呼吸が浅いと、ぐっと書くモードにスタンスを入れようとしてもすぐ急浮上してしまうのだ。「あ、電話だ」とかさ。
そこでタバコを思い出した。そうか、一旦、潜ってみよう。
新しい酸素を取り込むには、深く息を吐くことが重要なのだ。
吐くから、取り込まれるのだ。
そう思って、一旦、潜ってみることにした。とりあえず、手の動くままにタイピングしてみることにした。
これが、どこまで深く、潜れているのかはわからない。でもいい、一旦息を吐く練習をしようと、長く水中にいてみようと、まずこうやって書いている。
すると不思議なもんで、少しずつ楽になってきた。
肩の力が抜けていくのがわかる。
口角のロックが外れる感じがする。
タバコと素潜り、良い発見があった。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n9f148a698204 公開日: 2023-11-30 18:00
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