チューニング
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誰だかわからない1000人のアンケート結果よりも、信頼おける1人の知人の意見を聞き入れたい。食べログ、Amazon、Googleやらの評価指標を重たく捉えている人が苦手。そういう人って、Xや2ちゃんにある意見を1個取り上げては、”みんなが言ってる”とか安易に言い出すでしょう。
自分でも想定しなかった毒から書き出してしまったが、今回スポットを当てたいのは、「信頼おける知人」の方である。
生来、僕は他人の思考や感情を極力ピュアに取り込みたいという欲求があって、知人からのフィードバックを嬉々として受け止めている。
とはいえ欲求は不安定。それでも僕は、継続的にかつ安定的にフィードバック受け入れ体勢を整えている。
なぜなら、後から自分に備え付けられた物事の考え方が支えになっているから。作り手と受け手の関係性についてである。
作り手と受け手の関係性について、強弱や上下のニュアンスで位置付けを行っている様子をたまに目にする。把握している範囲や密度が作り手と受け手とでは違うといったように。
僕はそうは思わない。
上下どころか完全なる並列関係。しかし同じ場所に立っているわけではない。ある1つの立体的な構造物を、2方向から投影図的に見ているのだけの関係性。1つの複雑な立体構造とは本質のこと。
立体は1枚の投影図だけでは見えてこない。2つあって初めてわかる。だから、受け手のフィードバックは積極的に聞き入れなければならないのだ。
例えば、僕はこの文章の書き手である以上、作り手からの視点でしかこの文章を読むことはできない。
作り手は、テクニカルなことを考えたりしなければならない。 文章であれば、主語や述語、修飾語の位置を修正したりなど。
その結果を読み手が見る。
すると、読み手は全く違う視点で、作成したものを見る。
そこで見ているのは、決して作り手の意図の想像通りのなかのことではない。実はもっと、作り手の「人となり」だったり、制作物から滲み出てくる何かを受け止めていることもある。
『だが、情熱はある』にて、南海キャンディーズ山里さんのネタづくりの様子が描かれていた。なんと、彼はツッコミの間合いをコンマ秒単位で研究していたらしい。
山里さんが当時相方にツッコんでいるまさにそのとき、作り手(山里さん)と受け手(観客)では見ていることがまるで違う。
作り手(山里さん)は時間。
受け手はツッコミの言葉。
同じ「面白さ」という本質を前にして、両者で見ているものがまるで違うのだ。こうして探し出したツッコミのタイミングこそ、「本物」である。
このように、本質とは、作り手と受け手の双方から見る景色のなかで形を捉えていくものなんだと思う。
だからこそ、思ったことや考えたことは表現として吐き出すべきだし、受け手のフィードバックは真摯に受け止めるべきだと思う。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n2ca0c7b290db 公開日: 2024-02-28 18:00
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