モノなんて意味がないから、
モノなんて意味がないから、
先週金曜の続き。
https://note.com/cheezbutler/n/nbd0383bf9ac7
素材・縫製・デザインが優れたものは長持ちすると。 だから多少値段が高くても結果トータルで見たときの使う金額は少なく済む。
いやそんなことない、という前回のお話。
服に特に興味がない人は、そんなにそもそも洋服を買うことがないんですよ。だから、安いものをそこそこ長く着ます。 そうなると、多少買い替えのサイクルが高いもの(いいもの)より早いとはいえ、結果、どちらの方が高くつくかと言われれば、高いものを買っている人、でしょう。
現に、そういうことを言うアパレルの方と、そう言うことを言われる一般人で、どちらが服にお金をかけてるか(生涯で)って、答えは歴然でしょう。
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要は服好きな人は服が好きなだけなんだよね。
例えば、僕は外を走るのは好き。 なぜ走るかって聞かれると、多分”好きだから”、が結論。 走りたくて走ってる。
ただ、webサイトとか見ると、ランニングをする人がランニングを進める理由として、 ・健康に良いとか、 ・日光が体のバランスを整えるとか、 ・太りにくくなるとか ・不眠症が解決できるとか いろんなことを言ったりするんだけど。 じゃあそれが理由で走っているのかって言うとそうじゃないと思うんだよね。多分、走りたいだけなんだよ。 そんな自分を客観的に認めたいための理由を用意しているだけでさ。
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僕はクラシックファッションが好きでクラシックファッションにおいてスーツやジャケットと言うアイテムは欠かせない物なんだけれど。 アパレルの人が「スーツはこう着るのが正しい」とか言ってるのも、結局、そう着たいだけなんだよね。
クラシックファッションのアパレルの人が、多くのビジネスマンはマナーが守れてないって言ったって、そもそもなんでスーツをちゃんと着ることがマナーを守ることになってるのかもよくわからない。
「自分達で決めた奇妙なルールを守る」という暇な貴族の遊びを、クラシックファッションの閉じた世界でやるのは良いけれど、それを外に持ち出しすぎるのもどうなのかなと。
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おまけにもう一丁。 スーツだと気が引き締まる、ユニフォームだと気が引き締まると言う人もいるけれど、それにも僕は異を唱えたい。 なぜなら、気が引き締まるかどうかは、その人がその服にどう向き合っているかによって決まると思うから。
おじさんは毎日同じスーツを惰性的に着ることでしか気を引き締まらず、私服のときは楽にだらしなく気を緩めて過ごしているかもしれないけれど、 若者にとってデートの勝負服なんて私服であってもスーツ以上に気は引き締まっているんですよ。
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ここまで、少し極端で強い感じの文章を書いてきたけど、こう言う文章が書けるのはやはり20代、若い世代の考え方なんだろうなと思う。 良いか悪いかというか、ここまでの文章はあまりおじさん世代は書けないんじゃないかなと思う。
その理由は、モノからコトへ、という流れにもあるように、モノに意味があった時代を20代(若者)は知らないと思うから。 少なくとも僕はあまりわかっていない。
例えば、ブランドネームみたいな、品質以外の意味合い、価値をモノにたくさん見出していた感じが僕はわからない。
だってモノはモノでしかないじゃん。 その品質以外の価値は自分で長く愛用していく以外に見出せないんじゃないかなと思っている。
そんな今の”モノ”の価値に触れたくて、僕はモノが好きなんだと思う。 モノの価値は確かにそこに実在していて、見て触れて、使って、付き合ってくなかで生まれてくる関係性にあると思う。
モノになんて意味がないから、そんなモノにこだわってみようぜっていう。 今になってきて、「遊びシロ」が生まれた感じがありますね。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/nef0e377fec6c 公開日: 2022-07-18 17:00
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