万物ラジオ「石鹸」: 水と油、その戦争を仲裁するのが私の仕事です #6

万物ラジオ「石鹸」: 水と油、その戦争を仲裁するのが私の仕事です #6

image ** 都築 怜: 読むラジオ『万物ラジオ』、パーソナリティの都築怜です。

外から帰った時、食事の前、あるいは、ただリフレッシュしたい時。 私たちは、一日に何度も、手を洗います。

image できてますか? 蛇口をひねり、固形の、あるいは液体のそれを手に取り、泡立てる。 そして、水で洗い流す。 すると、さっきまで手に付いていたはずの、油汚れや、様々な汚れが、跡形もなく消え去っている。

当たり前すぎて、もはや無意識の習慣になっている、この行為。 でも、考えてみれば、これは一つの「奇跡」です。

image https://item.pal-system.co.jp/washing-material/konsen-soap/ 本来、決して交わることのない「水」と「油」。 その憎み合う二つの世界の間に立ち、見事に仲裁し、汚れを水と共に去らせる、凄腕の外交官。

今夜は、そんな私たちの手の上で、ミクロの戦争を終結させる、聡明な化学者にご登場いただきます。 この方です。

都築: 石鹸さん、今夜はよろしくお願いします。あなたのその手腕、ずっと気になっていました。

【✅ 石鹸の不思議】

都築: 石鹸さん、今夜はよろしくお願いします。あなたのその手腕、ずっと気になっていました。

石鹸: こちらこそ。私の手腕、というよりは「化学法則」そのものですが、ご興味を持っていただけて光栄です。世界は、化学式で記述できる、美しい法則に満ちていますから。

都築: 化学法則、ですか。では、その法則の観点から、まず根本的なことを教えてください。どうして、油汚れって、ただの水だけでは落ちないんでしょうか?

image https://www.nichirei.co.jp/koras/ice/001_4.html 石鹸: 良い質問ですね。それは、水分子と油分子の「性質」が、根本的に異なるからです。一言で言うなら、彼らは『交わらない』のではなく、『お互いに、全く興味がない』のです。

都築: 興味がない?

石鹸: ええ。水分子は、プラスとマイナスの電気を帯びた「極性分子」。仲間同士で強く引き合います。一方、油分子は電気的に中立な「無極性分子」。水分子の輪の中には、到底、入っていけません。

image 無極性分子と極性分子 都築: なるほど…。

石鹸: 水は水同士、油は油同士で集まる。これが、決して混ざり合わない世界の、秩序なのです。そこに、あなた方の手のシワに入り込んだ、厄介な油汚れという「混沌」が生まれる。私の仕事は、その混沌に、再び秩序をもたらすことです。

都築: 住む世界が違う、水と油…。そんな相容れない両者を、石鹸さんは、どうやって仲裁するんですか?

【✅ 石鹸の仕組みー界面活性剤ー】

石鹸: そのために、私は、いわば「二つの顔」を持っているのです。化学の世界では、私のことを「界面活性剤」と呼びます。\

image https://www.kao.com/jp/qa/detail/16751/ 都築: 界面活性剤…。二つの顔、というと?

石鹸: 私の分子は、一本のマッチ棒のような形をしています。そして、その「頭」の部分と、「軸」の部分とでは、全く性質が異なるのです。

都築: マッチ棒、ですか。

石鹸: 頭の部分は、水と非常に仲が良い。「親水基(しんすいき)」と呼ばれています。一方、長い軸の部分は、油と非常に仲が良い。「疎水基(そすいき)」、あるいは「親油基(しんゆき)」と呼ばれています。

都築: 一つの分子の中に、水と仲の良い部分と、油と仲の良い部分が同居している!?

石鹸: その通り。私は、水の世界の言葉を話せる頭と、油の世界の言葉を話せる体を持つ、完璧な「外交官」なのです。

都築: 外交官…!

石鹸: だからこそ、相容れない二つの世界の「界面(かいめん)」に立ち、活性化させ、両者を取り持つことができる。それが、界面活性剤としての私の仕事です。

【✅ 界面活性剤でどのように落とされるか】

都築: なるほど…その「外交官」としての能力で、具体的には、どうやって油汚れを落とすんですか?

石鹸: よろしい。では、今、あなたの手の上で起きている、ミクロの包囲網についてお話ししましょう。

都築: 包囲網…。

石鹸: 私が水に溶けると、無数の分子(外交官たち)が、一斉に仕事を開始します。まず、油好きの尻尾(疎水基)が、ターゲットである油汚れへと、我先にと殺到します。

image https://solutions.sanyo-chemical.co.jp/technology/2023/07/102496/ 都築: 油汚れに、尻尾が…集まっていくんですね。

石鹸: ええ。そして、油汚れの表面を、びっしりと覆い尽くします。尻尾を油の中に突き刺し、水好きの頭(親水基)を、一斉に外側に向けて。

都築: まるで、油汚れを針山みたいに取り囲んでいるような…。

石鹸: その通り。この、油汚れを中心として、私たちの分子が球状に集合した美しい陣形。これを、我々は「ミセル」と呼びます。

都築: ミセル…。

石鹸: ミセルの表面は、水と仲の良い「親水基」の頭で覆われている。つまり、あれほど水を弾いていた油汚れが、水と親和性の高い「衣」をまとった状態になるのです。そうなれば、もうこちらのもの。あとは、水の流れに乗って、混沌の元凶であった油汚れは、秩序の世界から、静かに洗い流されていくのです。

【✅ 合成石鹸とその他】

都築: ミセルの包囲網…すごい。ミクロの世界の、完璧なチームプレイですね。…そうなると、一つ気になってくるのですが、お店には「石鹸」と書かれたものと、「合成洗剤」と書かれたものがありますよね。彼らも、同じ働きをするんですか?

image https://takuhai-jubei.com/magazine/sekken/ 石鹸: 良い点に気づかれましたね。結論から言うと、私たちは「親戚」ではありますが、生まれも育ちも異なります。

都築: 生まれが違う?

石鹸: 私、つまり「純石鹸」は、古くから存在する、動物や植物の「天然の油脂」を原料として生まれます。自然由来で、肌への刺激が少なく、排水後も微生物に分解されやすいのが特徴です。 一方、「合成洗剤」は、主に石油などを原料に、化学的に合成された界面活性剤です。硬水でも泡立ちやすい、洗浄力が非常に高い、といった長所がありますが、人によっては刺激が強い場合もあります。

都築: なるほど、それぞれに、長所と短所がある、と。

石鹸: その通りです。どちらが良いというわけではありません。ただ、私の仕事は、混沌に秩序をもたらすこと。つまり、世界を清めることです。その本質を、忘れないでいただけると幸いです。

都築: はい…。ミクロの世界の、偉大な仲裁者。今日は、本当にありがとうございました。

都築: 聡明な化学者、「石鹸」さんの声が、まだ耳に残っています。

今まで、何気なくゴシゴシと泡立てていた、あの時間。 その手の中では、水と油という、相容れない二つの勢力の間で、石鹸の分子たちが完璧な陣形を組み、汚れという混沌を、秩序の世界から洗い流す、壮大なドラマが繰り広げられていました。

手を洗うという行為が、これからは、ミクロの奇跡をこの手で起こしているような、少しだけ神聖な時間に感じられそうです。

【✅ 今日のまなび】

▼硬水と軟水で、石鹸の泡立ちが違うのはなぜ?

ヨーロッパの水などに多い「硬水」には、カルシウムやマグネシウムといったミネラルが多く含まれています。純石鹸は、このミネラルと反応して「石鹸カス」という水に溶けない物質を作ってしまうため、泡立ちが悪くなります。一方、合成洗剤の多くは、ミネラルの影響を受けにくいように設計されているため、硬水でもよく泡立ちます。日本の水はほとんどが「軟水」なので、石鹸でも豊かな泡立ちが楽しめます。

▼石鹸の歴史は、古代メソポタミアから?

石鹸の起源は非常に古く、紀元前のメソポタミアや古代ローマの遺跡から、石鹸の製造方法を示す粘土板などが発見されています。当時は、動物の脂と、木を燃やした灰(アルカリ性)を混ぜて作られていました。ただし、体を洗うためというよりは、主に羊毛などの織物を洗浄するために使われていたようです。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/nddb977307510 公開日: 2025-08-07 21:00

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