万物ラジオ「麹菌」: なぜ私は、日本の「国菌」に選ばれたのか? #7

万物ラジオ「麹菌」: なぜ私は、日本の「国菌」に選ばれたのか? #7

image ** 都築 怜: 読むラジオ『万物ラジオ』、パーソナリティの都築怜です。

お椀から立ち上る、味噌の香り。 食卓に並んだ、醤油の小皿。 祝いの席で酌み交わされる、日本酒。

私たちの食卓と文化の中心には、いつも決まって、ある共通の「発酵」の働きがあります。 その全ての物語の始まりにいるのが、今夜のゲスト。

目には見えないほど小さな体で、日本の食文化そのものを、文字通り「醸し出して」きた存在。 誇り高き、日本の「国菌」です。

今夜は、そんな偉大な賢者をお迎えして、その知られざる仕事について、じっくりと話を伺っていきましょう。 この方です。

都築: 麹菌さん、今夜はよろしくお願いします。私たちの食文化は、あなたなしでは語れません。

【✅ 私の正体は「糸状菌」という微生物です】

都築: 麹菌さん、今夜はよろしくお願いします。私たちの食文化は、あなたなしでは語れません。

麹菌: うむ。そう言ってもらえると、長年、この国の湿気と寄り添い、働き続けてきた甲斐があるというものだ。

都築: ありがとうございます。…では、まず、本当に根本的なところからお伺いさせてください。麹菌さん…失礼ながら、あなたは一体、何者なのでしょうか?菌、というと、本当に様々なものがいますが…。

麹菌: 良き問いだ。まず知っておいてもらいたいのは、ワシは、キノコやカビの仲間…いわゆる「菌類」の一員だということだ。

image https://furunavi.jp/discovery/knowledge_food/202209-mushroom/ 都築: 菌類、ですか。

麹菌: その中でも、ワシは「糸状菌(しじょうきん)」と呼ばれる。目には見えぬほど細い「菌糸(きんし)」という糸を、米や大豆の奥深くまで伸ばし、そこから栄養を吸収して成長する。

都築: 菌糸…。

麹菌: 君たちが、米麹などで見る、あの白く、ふわふわとした綿毛のようなもの。あれが、無数の菌糸が集まった、ワシの本当の姿なのだよ。

image https://www.marumikouji.com/item/2101-3020/ 都築: あのふわふわが、麹菌さんの本当の姿…。糸を伸ばして成長していく、と。なんだか、植物の根のようでもありますね。

【✅ ただのカビと、一緒にしないでくれたまえ】

都築: 菌類で、糸を伸ばす…。そうなると、やはり、パンに生えたりする、いわゆる「カビ」の仲間、ということなんですよね?正直、少し怖いイメージもあるのですが…。

image https://www.ben54.jp/news/928 麹菌: フム…。君たちが「カビ」と聞いて、食品を駄目にする厄介者を思い浮かべるのも無理はない。だが、断じて言う。ワシを、あの者たちと一緒にするでない。

都築: と、おっしゃいますと?

麹菌: 彼らが、あらゆる場所に勝手に生え、食品を分解して「腐敗」させるのに対し、ワシは、日本の先人たちによって、数ある菌の中から選び抜かれ、大切に育てられてきた存在だ。

都築: 選び抜かれた…。

麹菌: うむ。ワシの仕事は、人間にとって有益な「発酵」を促すこと。腐敗と発酵は、微生物が有機物を分解するという点では同じだが、その結果、人間に有益か、有害か、という点で全く異なるのだよ。

都築: なるほど!同じ「分解」でも、人間にとってプラスになるのが「発酵」…。麹菌さんは、いわば、カビ界のエリート、ということですね!

image https://www.asahi-gf.co.jp/enjoy/hakko-plus1/knowledge/ 麹菌: …そう捉えてもらえると、話が早い。

【✅ 米を溶かし、旨味を生む「酵素」という魔法】

都築: 「発酵」、ですか。そのエリートとしての麹菌さんの、具体的なお仕事内容を、ぜひ教えてください。

麹菌: うむ。ワシの仕事の本質は、菌糸の先から、ある「魔法の道具」を生み出すことにある。君たち人間は、それを「酵素(こうそ)」と呼ぶ。

都築: 酵素!よく聞く言葉ですが、一体どんな働きを?

麹菌: ワシが生み出す酵素は、大きく分けて二つ。一つは、米や麦のデンプンを、ブドウ糖という甘い糖分に変える「アミラーゼ」。

都築: デンプンを糖に…。

麹菌: そしてもう一つが、大豆などのタンパク質を、アミノ酸に変える「プロテアーゼ」だ。このアミノ酸こそが、君たちが「旨味(うまみ)」と呼ぶ、味の根源なのだよ。

都築: すごい…。つまり、麹菌さんは、自ら栄養を分解して、糖や旨味を作り出しているんですね。

麹菌: それだけではない。ワシが作り出した「糖」は、後からやってくる酵母菌たちの、何よりのご馳走になる。彼らはその糖を食べて、日本酒のアルコールを生み出す。ワシは、いわば、硬い米を溶かして、次の者たちのために「お膳立て」をする。それがワシの、最も重要な役割なのだ。

【✅ 日本の食文化は、私の掌の上にある】

都築: お膳立て…。ということは、麹菌さんがいないと、僕たちが知っている多くの発酵食品は、そもそも生まれない、ということですか?

麹菌: その通りだ。味噌も、醤油も、米酢も、みりんも、そして君たちが飲む日本酒も。全て、ワシが米や大豆を分解するという、最初の工程なくしては始まりすらない。

都築: 日本の味の、ほとんど全てじゃないですか…。

麹菌: この日本の、高温多湿な気候がワシのような菌を育み、そしてワシが、この国の食文化の礎を築いた。これは、偶然ではない。必然の共存関係なのだよ。

都築: 気候と、微生物と、人間の知恵…。その全てが噛み合って、僕たちの食卓は作られているんですね。目には見えない、あまりにも壮大な物語です。

麹菌: …うむ。我々は、目立たずとも、ただ礎を築くのみ。その礎の上で、豊かな文化が花開くのを見るのが、ワシの喜びだ。

都築: 麹菌さん…。今日は、本当に奥深いお話をありがとうございました。

【✅ おわりに】

都築: 「我々は、目立たずとも、ただ礎を築くのみ」。 賢者、麹菌さんの最後の言葉が、深く心に残っています。

一杯の味噌汁の、あの深い味わい。お刺身につける、一滴の醤油の香ばしさ。 その全てが、目に見えないほど小さな微生物が、悠久の時をかけて築き上げてきた、文化の礎の上にある。

そう思うと、いつもの食卓が、なんだかとても神聖で、ありがたいものに思えてきます。 次に「いただきます」を言う時は、この国の気候と、先人たちの知恵、そして小さな賢者である麹菌さんの働きに、そっと感謝を捧げたい。そんな気持ちになりました。

【✅ 今日の雑学まとめ】

麹菌は、カビやキノコと同じ「菌類」の一種で、目に見えない糸(菌糸)を伸ばして成長する「糸状菌」に分類される。

麹菌の主な仕事は、デンプンを糖に変える「アミラーゼ」と、タンパク質を旨味成分のアミノ酸に変える「プロテアーゼ」という2種類の「酵素」を作り出すこと。

麹菌の学名は「Aspergillus oryzae(アスペルギルス・オリゼー)」。Oryzaeは稲の学名に由来し、「イネに生えるもの」という意味を持つ。

その日本の食文化への絶大な貢献から、2006年、日本醸造学会によって、麹菌は日本の「国菌」に認定された。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/nb8501939bd0d 公開日: 2025-08-07 22:00

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