五輪書を読んだ。だからなんだよ。
五輪書を読んだ。だからなんだよ。
最近のことについて、思いついたことから少し並べてみたい。
宮本武蔵の『五輪書』を読んだ。
まだ一回さらっと読んだだけ。ちなみに今回購入したのは、岩波書店が出してる五輪書。Amazonのサイトを見ると、”原文を読みやすくしてます”みたいなことが書いてあったから、さぞ現代語訳が読めるのかと思っていたら、普通に、ただの原文だった。いや、原文なら無料で読める。
じゃあ、本書のどこが読みやすかったのか。一応原文の下に、色々注釈をつけてくれていたのだ。確かにこれはありがたかった。これがなきゃ理解できなかったと思う。1回読んだだけだが、彼の書いたものをそのまま飲み込めた満足感があって、それはそれでよかった。
読んだファーストインプレッションは、意外とテクニック的なことにも言及しているなという印象。もっと精神論というか、大きくて抽象的なこと、いわゆる「結局」論みたいなものばかりが並んでいるのかと思ったら、違った。
そもそも、宮本武蔵が本書を書く動機の一つに、自身が開発した流派「二天一流」を弟子に遺すことがあった。
だから、どのように刀を持つのか、どう刀を構えるのか、どんな足捌きをするべきか、みたいな具体的なマニュアル的なことが書いてあったのだ。
真剣による命をかけた試合をし続けてきて人生無敗を語る男のテクニック論には、やはり凄みを感じる。鳥肌が立つ。
・・・
本当はもう少し、テンポ良く、最近やった他のことを並べ挙げていこうと思ったのだが、意外と五輪書について書いてしまった。
いや今回、何が書きたかったって、「書くことがない」ということを書きたかったのです。そして、書くことがないということが具体的にどういうことかを書きたかった。
決して、仕事で忙しくて、仕事以外に何か趣味やら何やらをやる時間が無くて、書きたくても書けない、なんてことはないのだ。それこそ、五輪書だって読んだし、映画も見たし、色々やってる。
じゃあ、なんで文章にしづらいのかというと、ファーストインプレッションからの展開が自分のなかで発生していないのだ。
例えば、五輪書を読みました。意外とテクニック論多めだなと思いました。
「で?」「だから?」「なんでそこに目をつけた?」
こんな感じの展開が一才自分のなかで起こらないのだ。
そうすると、ネタはあっても書くことがないのだ。
そんなとき、PCの画面と延々と睨めっこできる自分ではない。
展開が起こらない自分はすごく嫌い。
自分、面白くないなぁと思う。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n324b39d00549 公開日: 2024-01-29 18:00
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