人生の優先度

人生の優先度

物事の優先度を決めるのは、異種格闘技戦ゆえに極めて難しい。

例えば、塾の数学の先生は、「数学」というスコープのなかで優先度の整理を行ってくれるだろう。

「図形問題をやるなら関数の方が良い」とか、「計算問題を解いてミスを減らす努力をした方が良い」とか。

同様に、国語の先生は国語というスコープのなかで、英語の先生は英語というスコープのなかで優先度を整理して、勉強の進め方を指示してくれる。

一方で、本質的には、教科別のスコープで考えるのではなく、「受験」というスコープで捉えねばならない。

要するに、数学の図形か計算どちらをやるべきか、ではなく、数学の計算問題と国語の読解問題のどちらをやるべきか、みたいな一見すると比べにくいものを並べて、どうにかこうにか優先度を決めながら 進んで行かなきゃならないのだ。

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この話は、そのまま人生というスコープにスケールアップして考えることができると思う。

例えば「仕事」というスコープのなかだけで優先度を決めるのは非常にたやすい。

それこそ、1h投下して100万円儲かる仕事と、1h投下して200万円儲かる仕事があったら、後者の優先度が高いと評価できる。

一方で、人生というスコープでは、ときとして

「先ほど喧嘩した彼女と向き合うこと」と、

「今すぐ話を聞いてほしい友人からの深刻な相談」と、

「すごく儲かる仕事につながる会食の予定」と、

「ジムに行って体を鍛える習慣を守ること」のなかで、

今から過ごす1-2時間をどうするか決めなければならない、なんてことが平気で起こりうるのである。

繰り返すが、それぞれのジャンルのなかだけの話で考えたら、実に簡単なのである。

例えば同棲している彼女、というスコープだけ考えれば、溜まった洗い物をすることより何よりも、先ほど喧嘩してしまった彼女と向き合うことだ。

友人、というスコープだけで考えるのであれば、「ちょっと今日暇やったら飲みいこぜ」的な、いつでも会える友達と「今すぐ話を聞いてほしい」「深刻な相談をしたい」みたいな友達から同タイミングで誘われたら、とりあえずは後者を選ぶのが正解だ。

このように各ジャンルのなかで考えることは実に簡単だが、現実は異種格闘技戦。実に難しい。

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誰かとお付き合いをする時、互いの優先度を理解することが非常に重要だと思う。

別に、お互いの優先度の決め方を統一する必要はない。 相手の優先度の判断に対する理解を持つことが重要だ。 なぜならば、理解がなければ、納得することができない。 故に、そこを起点に不安や疑念が湧いてしまうから。

逆に、その人がどんな優先度を持っているのかさえ理解できれば、「だから今、こんな行動をしているのね」と腹落ちできる。故に、心の平安を獲得できる。

例えば、何時間も既読無視されていようとも、その人は、「既読をつけたメッセージに返信をすること」と、「それ以外の何かの取るべき行動」が選択肢として与えられていたときに、一定の判断を持って、返信以外の行動を選んだのだ、と把握できれば、それはそれで寂しい気持ちが格段に減るはずだ。

「なんで返信もしてくれないで、〇〇してたの!」とか上っ面に文句を言ってもしょうがない。そもそも、その人がどういう人であり、どんな物事の比較検討および判断を下す人間なのか、という本質を捉えようとする試みが重要だ。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n73b2b0b50a90 公開日: 2025-05-20 12:01

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