大人としての"プロ"夢中論

大人としての"プロ"夢中論

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最近、結局自分は仕事が楽しいんだなと思った。 友達と近い話をしたことが最近あって気づいたけれど、自分の仕事が楽しいかどうかなんて考えたこともなかった。 今日も3:00まで仕事をし、6:30に起きてパパッと外出できる準備だけして7:00から仕事。 今はaespaを聴きながら電車の中。

https://note.com/tsukasa_ichinose/m/m9427bf6d581d

でも眠くはない。 あれはどうしようか、これはどうしようかなんて電車の中でも結局仕事のことを考えている。

そんな自分は今もしかすると、夢中なのかもしれない。 そう自覚したとき、少し思うことがあったのでまとめておく。

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学生になると、 ・サークル活動を始めたり ・バイトを始めたり ・彼女を作ったり ・好きなことにわりかし自由にお金を使えたりするようになる。

おそらく人生史上2度目(1度目は生まれたとき)に新しいことに囲まれまくりながら、溺れるようにずぶずぶ目の前の取り組みに没頭するようになる。

気づけば簡単に数年経っている。 そして「あれが”夢中”ということだったのか」と知る。 “青春”だったと客観視する。

この頃を「夢中バージン」とここでは呼びたい。 誰にでも1回くらいは人生に訪れる。

女の子の気持ちが正確にはわかる訳ではないけれど、 痛みと緊張の間で始まったセックスが、回数を重ねることで気づけば気持ち良くなっていることに気づく感じに近いんだと思う。 最初は気持ちがいいということにすら気づけない感じ。

そして、あれが「気持ちいいことなんだ」というネタバレがあってから「あれをもう一度」という心持ちになり、それを見事に再現できたとき、その人は「素人/アマチュア」から「プロ」になる。

受験でも似たようなことが言えるかもしれない。

高校受験のときは塾の先生なんかに発破をかけられながら、憎悪や自己嫌悪のなかでがむしゃらに進む。 高校に入り、堕落した生活を送る中で、「あの頃は凄かった、頑張ってた、夢中だった」ということを自覚する。 そして、「あの感覚をもう一度」という、あの頃の再現をするように大学受験に専念する、みたいな。

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この話をどう解釈しようかと。

これは「別の対象にも夢中になれるかどうか」という話ではないと考えました。 要は、「前夢中になっていたものとは違うもの」にも、自分の全力を注げるか、という、自分とその新しい対象とのフィッティングの話ではないと思いました。

そうではなくて、 対象問わず、「これ」と決めたものに対して、自分の中にある「夢中」という感覚をもう一度再現できるか、という別種の能力が問われてる話なんだと思った。

要は、 ・気づけばハマってた夢中と、 ・意図してのめり込もうとする夢中は全くもって違う、ということです。

夢中になりたいけど夢中になれない人は、その対象が悪いわけでもなく、その人が悪いわけでもない。 夢中を”初めて”再現するのに葛藤しているだけだ。

結論、かつて夢中を体験したことある人間が、その感覚をもう一度自分の中で作り出す、そのための方法論を僕は「プロ夢中論」と呼びたい。 かなり重要なスキルだと思う。

僕もまだわかってないけど、今、確かに火種は心の中にある。 これを絶やさぬよう、そーっと息を吹きかけ続けながら、見守りたい。

最後に、これは僕の予想だけれど、 セックス同様、再現を重ねるほどに、どんどん気持ち良くなっていくものなのかもしれない。 自分の「M(夢中)スポット」を開発していく、じゃないけど。

結構真面目な話しなんだけど、終始下ネタだったな。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n60943a770bc3 公開日: 2022-09-19 17:00

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