大谷選手にとって、野球とは?

大谷選手にとって、野球とは?

大谷翔平選手が前人未到の領域を日進月歩で開拓されている。 彼こそが本当のミステリアス。エロい。 誰しもが知り得ない領域で、まだ夢を見ているのだから。 僕らはつい想像を掻き立てられてしまう。

もし、大谷選手と話すことができたら、月並みだけれど、「大谷翔平さんにとって、野球とは何か」なんて聞いてみちゃうんだろうな。 もはやこの質問、ベタと言うより、王道と言うべきか。

大谷選手からは、どんな回答が来るのだろう。

僕の個人的な願望としては、「野球をやること自体を好き」みたいなニュアンスを孕む回答が欲しい。

もちろん彼にとって野球は仕事だ。ファンのために、エンタメとして、野球というお仕事を承っているのだけれど、そもそも野球をすること自体を目的としていてほしいという気持ちがある。

まとめると、大谷選手にとって野球が

人を楽します(メシを食う)「手段」であり、同時に、

そのものが楽しくてやっている、というような「目的」であって欲しい

と思う。

なぜ、そんな期待をしているのか。

僕が信じていることの一つとして、「目的であり、同時に手段であることが、自然的であって美しい」というのがあるから。

手段でしかないものは、モチベーション管理が難しかったりして、長く続かない。手段によって成し得たい目的の達成レベルが低かったり、到達するまでの時間も長くなると思う。

それは組織論についても似たようなことを思う。

会社という組織について、「価値を生む手段でしかない」というような物言いをしている人を見ると、少し視野のギャップを感じることがある。

よくスタートアップ系の意識高い系のトップの人に多い思考。

話の一貫性を通すことに意識が置かれて、考えることも単純になってしまっている人なのかな、と思う。

確かに、会社に属する人間はプロとして、価値を生む仕事をしなければならないし、そのために会社にいるのは間違いないのだけれど、それだけが会社という組織ではないという、僕の意見なのです。

組織論を語るということは、もう少し複雑で難しいものだと思う。

だから、会社という組織であれば、

会社が価値を生むための手段的な組織であると同時に、

組織の構成メンバーが、組織にいることに価値を感じる組織

であることが重要だと思う。

淡々と、ただプロジェクトの成功に対して、歩みを進めるだけの殺風景な組織には面白さがない。その組織そのものが輝いていて欲しいと思う。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n1bfc1a605b31 公開日: 2024-01-08 18:00

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