富士山の麓にある駐車場にて【人生初富士登山録vol.4】

富士山の麓にある駐車場にて【人生初富士登山録vol.4】

僕にとって、2023年とはどんな年であったか。 そのひとつの説明として「人生初の富士登山をした年」と言っても良いくらい、僕にとって富士登山は価値ある体験だった。

結局、富士登山は無事終えられたのですが、その先のブログ制作がまぁ進まない。まるで、フルマラソンを走ろうとしたら、みるみるうちに体が小さくなってしまい、相対的な距離が書くほどに伸びていくような感じ。だって、個人的には、vol.3と題する頃には、登山から帰ってきていると思っていたんだもの。蓋を開けてみたら、vol.4の時点でまだ富士山に到着すらしていないじゃないか。

僕はサボりがちな癖があるので、vol.3を投稿してからは見えないトンネルにうんざりして、執筆することすら辞めてしまっていた。投稿するネタは他にもあるのでね。

ただこの前友人に会ったとき、ふいに富士登山の話をされ、声なき声としてのリクエストを受け取ったような気分になった。まぁ思えば、自分としても一旦止めてしまっていた手をどうまた動かせば良いのか、そのきっかけをどこかで欲していたような気もする。

だから書きます。

このトンネルの終わりはまだ見えないけれど、前に進むことだけは辞めずに、一旦書いてみる。

これまでのnoteでは、前日までの準備の様子から始まり、深夜に車で富士山に向かったところまでを書いた。今日はその続きから。

https://note.com/reitsuzuki/n/nd1941a41801b

https://note.com/reitsuzuki/n/nd6951cbd93f4

https://note.com/reitsuzuki/n/n3a14795151f0

・・・

運転は終始友達に任せっきりだった。道はカーナビが教えてくれるし、何より友達は一度来たことがあるみたいだし。高速道路を降りてからも、カーナビの案内の通りにすいすいと車を走らせていく彼に、僕はすっかり身も心も委ねてしまっていた。この状況、若干の眠気とあいまって、あの頃の父と子の車内空間ような「完全なる安全地帯」なる心地を感じていた。

気づけば、僕らは真っ暗でだだっ広い、とても大きな駐車場の入り口にいた。この広さ、まさに子供の頃に家族で行ったディズニーランドを思わすほどだだっ広い。ただ、この駐車場はいくつかの点でディズニーランドとは大きく異なっていた。

まず、「人を楽しませる」という発想が皆無である。幼い頃の曖昧な記憶だが、確かディズニーランドには、豪華絢爛なゲートがお出迎えしてくれて、全体がキラキラしていて、にこやかなキャストの方がいて、駐車するアスファルトの地面にはペイントがされていたりしていた。

それに対して、この駐車場。 まず真っ暗。灯りの一つでもつけたらどうだと思うが、そこのホスピタリティは清々しいほど皆無。そして、その入り口には、駐車料金を徴収するためだけのプレハブが1つ。プレハブの横に車をつけると、中に入っているおじさんがぶっきらぼうに値段を言い放ち、払ったら払ったで、そそくさと前に移動を促した。

いつかもし、僕が「ここに券売機なるものを設置すべきか否か」という論点で、このおじさん、あるいはおじさんの所属する団体とAbema TVで議論することになったとしたら、例え向こうからどんな角度で何の話をされたとしても、絶対に議論で負けないだろうな、と思った。

続きはまた今度。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/nf1d8c5c920bc 公開日: 2023-09-14 18:00

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