意図が伝わらないのは伝え手のせいだと思うのに、自分が聞き手の場合、聞き手のせいだと思ってしまう件について。
意図が伝わらないのは伝え手のせいだと思うのに、自分が聞き手の場合、聞き手のせいだと思ってしまう件について。
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塾講師をしていた頃、
上司から「自責主義」という考え方を徹底的に教わった。
例えば、 ・子供が受からなかった、は先生のせい ・子供が静かに授業を受けないのは先生のせい ・子供が宿題をやらないのは先生のせい
僕は、未だにこれを信じているところがある。
https://note.com/tsukasa_ichinose/m/m9427bf6d581d
最近になって気づいたんだけれど、
上の話って「伝わらないことなんてない」という仮定の元で成り立つ話だったんだなと。
要は、 ・伝わらないことなんてない ・なのに相手に伝わっていない、なぜか ・伝え方が悪いから みたいな。
こう思うと、かなり強烈なプレッシャーを自身に課しているんだなぁと思う。
一方で、自分が聞き手だった場合、 僕は僕が理解できなかったことを、伝え手のせいにしたことはない。 しようとも思わない。
「全ては伝え手のミス」という旗を振っておきながら、これは大きな自己矛盾である。 自分勝手と言っても差し支えないのかもしれない。
伝えてが悪い、なんて言った側から、僕の不理解が発生してしまったら、伝えてくれたその人が悪いということになってしまうじゃないか。 正直に申して、僕は本心から、貴方(伝え手)が悪いなんて思ったことはない。
ただ、だからこそ疑問なのである。 こんなにも相反する2つの言説を心深く理解してしまっている自分のことが。
ただ、もうそりゃそうかという話ではあるんだけれど、 これが「自責主義」ということなんですね。
自責主義という言葉自体を、僕は塾講師時代に習った。 その転用先は、完全に「教える・教わる」の関係性に支配された環境であると。 故に、何もかも伝え手が悪い、みたいなことが自責主義だと思っていたのが誤りだったんだなと。
そうか、聞く側になったとしても、自責主義を守ることができるのか。
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元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/nc0c93edff706 公開日: 2022-07-04 17:00
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