日曜日の夜に友達と遊んだ。
日曜日の夜に友達と遊んだ。
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年末に会った友達の話。
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■ 今日聴いた曲 あいみょん「桜が降る夜は」
https://open.spotify.com/album/1SKFic1b0W6lWuXBVzupOF?si=_qgrp8fYSXmdAbKYTSl7VQ
あいみょんさんの曲って、夜、アパートのベランダで、20-23歳くらいの女の人が風に打たれながらウォークマン(ほっそいやつ)握って有線イヤホンで流しているような光景広がりませんか。ほろよいをあおりながらさ。
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*現在mediumからnoteへの移行中につき、記事の全文を無料公開しています。なお、こちらの記事は2021年12月27日に書かれたものです。
お久しぶりです。
やはり文章を書くのは気持ちが良いものですね。 今はまだ夜の途中。”sing sing sing”を聴きながら向かう道中。 楽しい時間はまだまだ続きます。
思えば最近、日曜夜に積極的に予定を入れなくなっていまして。 日曜夜は、好きな音楽に包まれながら、お気に入りのハンカチにアイロンをかけ、奮発したコートにスチームを当てて干して、外に干してた革靴を回収し必要なら磨き、そんなことをしていました。
そんな僕が22:00過ぎにおめかしして電車に乗っている。 今日はオール。 「明日さえ出社すれば」と思ったことも気を許した原因ではあるけれど、1番はやはり今日会う友達ともっと話していたいから。 僕は人に会って新しい発見をすることが正直余りない。
自分で頭の中で、一人で考え事をしている方が、トンネルを掘り進めている感覚があって、基本楽しい。 人と会話するときは、掘り終わった部分で会話してることが多い気がする。掘り終わった、とは言語化された、みたいな言い方に近いかもしれない。
掘ったばかりの部分、これから掘ろうとしてる部分なんかは、少なくとも言葉じゃ伝えられない。 だから、掘った部分で人と話すのはある種当たり前のことではあるとは思うんだけれど。 そして彼。
彼は僕のトンネルに図々しく入ってくる。 入ってくるだけなら良いんですけれど。
例えば僕は彼に、掘ってきたトンネルのなかでもある一つの部屋を紹介する、とするじゃないですか。 ここにカーペットがあって、ソファがここに合って、振り子時計をここに掛けていて…と、僕の掘ってきた思考コレクションを彼にお見せする。 すると彼、徐に立ち上がると、「これ、無駄」「これ、ダサい」と、捨て始めます。
あ…これお気に入りのラグだったのに…、と思いながら、彼は僕のトンネル部屋を滅茶苦茶にし始める。
しまいには「この部屋の作りから違うわ」と、ドリルを持ち出して、ドドドドと壁に穴を開け始めるではありませんか。 「いや、そこ開けちゃったらもう何もかも崩れてまうよ」なんておもってるのも束の間。
彼に綺麗さっぱり更地にされてしまう。 彼と会ったあともう一度、僕は一人で掘り進めるのです。 気づけばこれが面白くて会っているのかもしれないと、今文章を書きながら思いました。 そんな彼との”ついてなかった”思い出については、次回まとめておこうと思う。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/na759918b5d02 公開日: 2022-04-03 21:43
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