日焼け止め
日焼け止め
日が昇る前、まだ朝靄に包まれたノッティングヒルの街を、私は歩いていた。肌寒さに身を縮めながら、ふと腕の日焼けの跡に目が留まる。南の島での出張から戻って数日、まだその記憶が鮮明に残っている。
The Rosemary Gardenに足を踏み入れると、挽きたてのコーヒーの香りが私を包み込んだ。いつもの窓際の席に座り、温かいラテを手に取る。白い泡の上に描かれた繊細なラテアートを眺めながら、ふと考えに耽る。
日焼けした肌を見つめていると、海辺での光景が蘇ってくる。突き刺すような陽光、波の音、砂の感触。そして、あの開放感。都会の喧騒から離れ、自然と一体となった瞬間の記憶が、今の私の日常と対比されて浮かび上がる。
カフェの窓越しに、忙しなく行き交う人々の姿が見える。彼らの足取りは早く、誰もが目的地に向かって急いでいるようだ。私もその中の一人だったはずなのに、今はどこか距離を感じる。
ラテを一口すすり、その温かさが体に広がるのを感じる。そして、ふとした瞬間に気づく。日焼け止めを塗っているのだ。既に黒くなった肌に対して、これは何の意味があるのだろうか。理性的には理解しているつもりだが、感覚的には既に手遅れな気がしてしまう。
しかし、その矛盾した行動の中に、何か大切なものがあるような気がしてくる。それは、過去と現在、理性と感覚、都会と自然、そのような二元論を超えた何かかもしれない。
カフェの中の静寂と、窓の外の喧騒。温かいラテと、冷たい空気。黒く日焼けした肌と、白い泡のラテアート。これらの対比の中に、ある種の調和を見出す。
ふと、隣のテーブルで新聞を読んでいる男性が目に入る。彼の手元には、使い古された銀製の懐中時計が置かれている。その時計を見つめていると、時間の流れそのものが相対的なものに感じられてくる。南の島での数日間は、まるで永遠のように感じられた。そして今、この瞬間も、ある意味では永遠なのかもしれない。
ラテを飲み干し、立ち上がる。外に出ると、朝靄が晴れ始め、太陽の光が建物の間から差し込んでくる。その光に照らされた自分の肌を見て、ふと笑みがこぼれる。日焼けした肌も、日焼け止めを塗る行為も、全てが自分という存在の一部なのだと気づく。
帰り道、ポートベロー・マーケットの近くを通りかかると、古書店の前で足を止める。ショーウィンドウに並ぶ本の背表紙を眺めていると、そこに自分の人生が映し出されているような錯覚を覚える。一冊一冊が異なる物語を内包しているように、私の中にも無数の可能性が眠っているのかもしれない。
アパートに戻り、窓を開ける。アーンドル・スクエアの緑が目に飛び込んでくる。朝の光に照らされた木々の葉が、風にそよいでいる。その様子を見ていると、自然と都会、過去と現在、全てが一つに溶け合っていくような感覚に包まれる。
日焼けした腕で、パソコンのキーボードを叩く。画面に映る自分の姿と、窓に映る街の風景が重なり合う。この瞬間、ここにいる自分が、全ての可能性を内包した存在なのだと感じる。そして、その認識とともに、新たな物語を紡ぎ始めるのだった。
Atogaki
この前、南の島に出張兼旅行で行ってきて、久しぶりに日焼けした。海に入った体に、突き刺すような陽の照り付けになすすべなく、「こんがりと」まだは言わないが、Tシャツの袖に隠れている部分とそうでない部分の境目がわかるくらいには焼けた。海なんて何年ぶりだろう。日焼けしている自分にびっくりしている。自宅に戻り、日常を過ごし、日焼け止めを塗ってはいるものの、既に黒くなった肌に対して自分は何をしてるんだろうと思う。感覚的に諦めてしまう自分を、理性的に納得させて日焼け止めを塗っている。
都築怜
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/nad3ff52c0e81 公開日: 2024-07-26 18:00
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