「活字の海」とKindleのアプローチ
「活字の海」とKindleのアプローチ
先日のAmazon Prime Dayで、Kindleタブレットを買うか悩んでいた。 最終的に、購入は見送ることになったのですが、「なぜ」購入しなかったのか、ということについてまとめておきたい。
ちなみに、今回の話における重要な論点は、 「読書において”電子書籍”という手段を取り入れるか否か」である。 「Kindleタブレットを買うか否か」ではない。
あとで詳しく説明するけど、電子書籍を読むならKindleタブレットで、というのは僕のなかでは決定事項でしたので。
つまり以降の話は、電子書籍、という未知の世界に歩み寄ってみたけれど、 しっかり挫折して、改めて、距離を置こうと決めた男の話、です。
Prime Day直後に、「買うのを諦めた」という結果報告noteだけは書いていた。
https://note.com/reitsuzuki/n/na977b4beba94
みっちり1週間、買うかどうか悩んだ。 Kindleには結構期待をしていたから。
正方形の白い部屋。 奥には大きな窓があって、外からの風がふわりとカーテンを押し上げる。 壁にはアンリ・ルソーの絵。 部屋の中心から少し外れたあたりに、くつろぎやすい椅子と、少し大きめのサイドテーブル。 サイドテーブルには、控えめかつ女性的なフォルムをした花瓶と、季節の花が一輪。
それと、Kindle端末。 紅茶かなんかを用意して、椅子に座り、Kindleをひらけば、そこには、メタバース空間のような際限ない奥行きを思わせる、図書館が広がっている。
こんな風景に、僕の美学センサーがビンビン反応していたものですから。
しかも、Kindle端末って、本当に文字が読みやすいですよね。 過去に、電化製品屋さんで、Kindle端末に触れたとき、紙のような質感の読みやすさに感動したもん。
iPadやiPhoneとかのスーパーアプリならぬ、スーパーデバイスでは決して再現できないタイプの画質だった。
いやぁ、でもなぁ。どうしようかなぁ。 一旦、youtubeで比較検討系の動画を視聴することにした。
メンタリストDaiGoさんや岡田斗司夫さんの動画を見た。 「内容の吸収度合いに関する研究結果」みたいなのを見て、やはり、紙に分配があがる、みたいな話だった。
うーんそうかぁ、やっぱり紙なのかなぁ。 でもねぇ、どこぞの大学の研究結果であったとしても、僕の美学センサーはまだへこたれない。
正直「だからなんだよ」くらいに思っていたかもしれない。
そう、僕は結構「買う」に傾いていたのです。 まさか、これがひっくり返るとはねえ。
これはあんま本論とは関係ない話だけどさ、 こういう研究結果ってさ、「自分という”たった一人の個人”における再現性」の話が抜けてる気がするんですがどうなんでしょう。 n=1,000,000とかそれ以上のデータを元にした結論だったとしても、知りたいのは「x=僕」を代入したときの答え、でしかなくて。 その意味で、「なぜ、n=1,000,000のデータに基づけば、x=僕のときにおいてもそうだ」と言えるの?と思ってしまう。 慣らして傾向を取ったのならば、それ以上の人もそれ以下の人もいるんだろうし、というかさ。
他にも色々見てみた。 けれど、なんかイマイチ結論が出ない。
ってなわけで、 一旦お試しで、自分のiPhoneでKindle読書を試してみることにしました。
今思えば「最初っからやれよ」案件ですね。 思い付かなかったね。いと硬し我が頭(あたま)。
・・・
お試しをした結果、あっけなく決着がつきました。 Kindleは僕には合わないわ。
まず、パッと思った気分。
船底に丸い窓枠がついていて、 「この窓枠から海を見てください」と言われているような感じ。
これわかります? 紙の本の読書は、身一つでスキューバダイビングしている感じ。
この「感じ」を少し堅く説明してみると、 本という単位から受け取ってる情報が、活字のデータだけではないんだな、ということなんだと思う。
・・・
例えば、本の厚みで、なんとなく読了率みたいなのを測っていたりするもの。
でもね、これが電子書籍のアプローチか、と思ったのが、 Kindleの画面には「この章を読み終えるまで19分」とか出てくるんですよね。
要するに、人間が紙の本でやっている読書体験を、一旦要素として持ち上げて、それをKindle上でどう表現するか、というような、理系脳っぽい発想で色々配慮してるんですよね。
でもね、何かが違うんですよ。
さっきの船底の窓枠の例に戻るけど、 船内アナウンスで、「現在5km先から、巨大マグロが近づいてきています、見えるまで残り約8分です。」とか言われてる感じなんですよ。
対して、紙の本。 ダイビングをしている僕たちは、「なんかあっちからマグロ来てね??」みたいなことが見てわかるわけですよね。 他にも、なにかが近づいてくるのを、潮の流れをダイレクトに受け止めながら体で理解できる、そんな感じ。
Kindleって、本で読むこんな生の体験を、Kindleの電子世界でこう落とし込んでみました、の集合体な気がして、要は、常にAに対するA’なんですよね。じゃあ、Aで良いじゃんか、と思ったのです。
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長々とまとめてみて、いざこの記事にタイトルをつけるとき、 「そういえば本って活字の海」っていうよな、ということを思い出した。
なんとなしに、読書体験を泳ぎ方、みたいなものとして感じていた。 やはり本は海だ。
よくいう人がいるけど、 「自分は古い人間で、紙に慣れているから…」とかいう話じゃないと思った。Kindleには何かが絶対に足りてない、と思った。
文字のダイナミクス感、のような”何か”が。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n1a0ceccec2f0 公開日: 2023-07-28 18:00
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