物事はわかりにくく理解せよ。

物事はわかりにくく理解せよ。

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*現在mediumからnoteへの移行中につき、記事の全文を無料公開しています。なお、こちらの記事は2021年9月2日に書かれたものです。 (ちょいと修正しました)

わかりやすさ、というのは人を動かすためにあると思います。 ではなぜ、わかりやすいと人は動くのでしょう。

真の「わかりやすさ」には、その裏に緻密な論理で構成された複雑系が透けて見えます。 まるでウェブ(蜂の巣)のような。 あるいは、1試合のサッカーのパス回しを全て線にしたような。 それらをギュッと束にしてまとめ上げた単純で明快な「わかりやすい言葉」、だから人の心を動かし行動を促すと思うのです。

要は、口から出てくる言葉がわかりやすいかどうかではないのです。 口から出るまでに、どうわかりやすくしたかなのです。

同じ「わかりやすい言葉」であっても、それが意味するもの、裏に広がっている世界/論理がスカスカでは、人の心を打ち行動を促すことはありません。なぜなら、元々簡単だからです。最初からまとめる必要がないからです。

つまり、ある種「わかりにくさ」や「難しさ」を経由しなければ、本当の意味での「わかりやすい言葉」を獲得することはできないと思うのです。 この文章は、かつて「わかりやすさ」に傲慢な態度を取っていた過去の自分に宛てた文章です。そして今の自分に戒めたい。 物事はわかりにくく理解せよ、と。

無限に食べられるケーキ

決して腐らないホールケーキがあったとします。 そのケーキを毎日「半分だけ」食べれば、理論上、そのケーキを無限に食べ続けることができる、という話。

・1日目:全体の1/2を食べる(1/2残る) ・2日目:残った1/2の1/2を食べる(全体の1/4が残る) ・3日目:残った1/4の1/2を食べる(全体の1/8が残る) ・n日目:(全体の1/2^nが残る)

要は、毎日「半分残す」ので無くならない、ということです。

この話をどう受け止めるかは、人によって様々とは思いますが、cheezなりにここで提示しておきたいのが、 **「食べていくほどに、ホールケーキを食べ切る難易度が上がっている」 **ということ。

ケーキの全体量を、一つの線分で表したとして。 左端の始点から、食べた量だけ右に向かって矢印がスピードを持って伸びていくと考えます。

すると、最初の24hで、数直線の半分も進むことができます。 しかし2日目になると、1日目と同じ24hをかけても、1日目の半分しか数直線を進むことができません。 このように考えていくと、日数を追うごとに(ケーキを食べるほどに)、数直線を進むスピードが遅くなっていくのがわかります。

スピードが遅くなる、ということはゴール(完食)に到達するまでの時間が伸びるということ。 完食する難易度は食べるほどに上がっていくのです。

あらゆる物事の理解度に「偏差値」があったら。

先の話を「物事の理解度」に当てて考えてみると、「理解が深まるごとに、理解し切る難易度が上がる」という結論にたどり着きます。

・偏差値が25から75の間で推移する ・Aさんはその物事に関する一才の理解がない(偏差値25) としましょう。

ここで、Aさんに一本のYoutube動画を見せます。 「世界一わかりやすい猿でもミジンコでもわかる、寝ながら聴けるほど簡単で、全てテロップつけて、なんなら平仮名まで振っちゃいましたSP」 みたいな動画。

動画が始まると以下のような言葉が連発されます。

・難しいことは置いておこう ・要するに3つだけ。 ・これだけ押さえれば

これで、Aさんの物事理解度偏差値はどうなったでしょう。 多分、いきなり50とかに上がっちゃうと思うんですよね。

ここで、 「意外と掴めたな」と思うのは大きな勘違いです。 なぜならば、25から50に上がったスピード感で、75に到達することがあり得ないからです。 偏差値を上げていくほどに、偏差値を上げる難易度が増していくのです。

絶対に埋まらない「僅差」がある。

僕は、わかるということにもう少し謙虚になった方がいいと思います。 そして、自分に対して「情弱ビジネス」に甘んじてはいけないと、今強く感じています。

最後に、物事の概念を1本の大きな木に見立てた話を。 ジブリのトトロに出てくるような、もくもくっと元気に枝葉を伸ばした一本の木です。

この木のなかで、先の動画で解説されたような「要するに」が詰まっているのは幹の部分。 幹の部分は確かに重要。 ですが、木の幹から生えていた全ての枝葉末節を切り落とし、一本の太い円柱だけが立っているもの、それは果たして木と言えるでしょうか?

実際の木は、その幹から太い枝が伸びていて、その絵だからまた小さな枝が伸びていて、葉がみっしりと生えていて、虫が木陰で葉を食べていたり、別の木から鳥がやってきてちゅんちゅん鳴いている音が聞こえたりするものです。

それが「木」です。

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ある日、貴方が物事の理解度を更に深めようと、暑い夏の日に虫眼鏡を構えて、木の枝の小さな葉を食べる虫に注目していたとします。

そのとき、 ・「要するに」族の人間に唆されたり、 ・自分でやっていることを変に俯瞰してしまったりして、 今やっていることの相対的な小ささを感じてしまうことがあるかもしれません。

確かに、理解した部分だけを絵にして見比べてみると、小さな葉の1枚の有無というのは大きな差ではないように思えます。 しかし、このことがとてつもなく大きな差であることに早々に気づかねばなりません。

物事の理解度は、理解が深まるほど、その難易度が上がっていきます。

すなわち、自分のすぐ後ろから唆してくる人がいたとしても、その彼が自分に追いつくには10年の努力を持ってしても追いつかない場所に貴方がいるかもしれない、ということに気づかねばなりません。

自信を持って、目の前のことに取り組めば良いのです。 大丈夫、大丈夫。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/ne92a8821cee0 公開日: 2022-02-17 17:00

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