白い下着
白い下着
休日の午後、古書店で見つけた一冊の雑誌が、思いがけない気づきをもたらしてくれた。少し日焼けした表紙からは、前の所有者の丁寧な読書の跡が感じられる。そっと開いてみると、ページはまるで新品のように清潔で、その佇まいは、これから読もうとする「男のグルーミング」という特集の内容を先取りするかのようだった。
800円という価格は、ある種の贅沢を手の届くものにしてくれる。平日には味わえない、ゆっくりとした時間の流れの中で、一冊の雑誌に没入していく体験は、都市の喧騒を離れて、自分だけの静謐な空間を作り出してくれる。特定の雑誌を定期購読することはないものの、その時々の興味に導かれるように、様々な雑誌との出会いを楽しんでいる。
ページを繰っていくうちに、白い下着についての記事が目に留まった。それまで、ネイビーに統一することで完成形に達したと思い込んでいた下着選びの哲学が、一瞬にして揺らぐ。白いシーツが清潔な寝室の象徴であるように、身につける布もまた、その色によって異なる印象を醸し出す。これは単なる色の問題ではなく、自分という存在をどのように整えていくかという、より本質的な問いかけでもあった。
他者の視点を借りて考えてみる。誰かの部屋を訪れた時、白いシーツが敷かれたベッドを目にしたら、その空間全体が清潔に見えるように、身だしなみもまた、見えない部分にこそ、その人となりが表れるのかもしれない。サンスペルの下着を例に取れば、同じデザインでもネイビーとホワイトでは、まったく異なる印象を与える。それは、靴下を脱いだ時の爪の手入れや、カフスボタンの裏側の磨き方にも通じる心遣いだ。
ジェントルマンという言葉は、単なる外見的な洗練さを指すのではない。見えない部分にこそ、真摯な態度で向き合う姿勢を示唆している。それは、誰かに見せるためではなく、自分自身への敬意として選び取る細部への配慮だ。古い雑誌から学んだこの気づきは、成長への新たな階段を示してくれた。
まだ見ぬ理想の自分に向かって歩を進める時、それは必ずしも大きな変革を必要としない。白い布地が教えてくれたように、時には小さな選択の積み重ねが、静かにしかし確実に、自分という存在を洗練させていく。ジェントルマンへの道のりは果てしなく続くかもしれないが、その途上での発見の一つ一つが、歩みを進める喜びを与えてくれる。
そう考えると、古書店で見つけた一冊の雑誌は、800円という価格をはるかに超えた価値を持っていたのかもしれない。次の休日には、また新たな気づきを求めて、本棚の間を彷徨ってみようと思う。
休日によくやることの1つで、雑誌を買って読む、というのがある。800円程度で満足できるんだから、外出して何かするより良いもんだろう。平日は雑誌を読むことはあまりない。でも雑誌は好きだ。何かを継続して買うことはなく、その雑誌のテーマに惚れて買うタイプ。Amazonでサーフィンしていたら、Brutusで面白いものを見つけた。男のグルーミングというテーマで身だしなみに関しての内容。ぜひ読みたいと思い、Kindleでは販売されておらず、増刷とかもされていないようだったので、中古で買った。きっと前の人は綺麗に読んでいたのだろう。色こそ多少の日焼けをしていたものの、ページはすごく綺麗だ。そして、見ていたら白い下着を身につける清潔感に感動した。そうか、言って仕舞えば、ベッドのシーツみたいなものか。僕はタンクトップの下着も、アンダーウェアの下着も全部ネイビーに統一していて、それでいいと思っていたが、確かに清潔感は白の方が良いかも、と思った。こういうとき、1つの考え方として僕は他者の同性を想像する。サンスペルの下着、ネイビーのアンダーウェアとホワイトのアンダーウェア、どっちの方が清潔感があるだろうか?と。無論、ホワイトであった。色々揃えてきたんだけどなぁ。ジェントルマンへの道のりはまだまだ長い。
都築怜
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n5abc37a3ccf6 公開日: 2025-02-13 18:00
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