知的インプットのメディア選定
知的インプットのメディア選定
https://note.com/reitsuzuki/n/na3de1fcbcab0
この記事の後半にある言葉、「粒度感」。
これは書き始めた時はこんな言葉が出てくるなんて想定していなかった。書いていくうちに浮かんできた言葉であったが、書き終わってから、少し「粒度感」について考えていた。その記録。
改めていうが、学習において「粒度感の整理」は非常に重要だと思う。
まず、人間には1回で情報量に取り込める量に限界がある。だからわかりやすい話、単語帳を見ながら「今日はここまで」と毎日決まったページ数を読むわけだ。しかし、限界はページ数ではなくて情報量で決まる。そこで、拾い読みの発想が生まれてくる。
例えば僕は、プロローグと目次を読んだあと、パラパラとページをめくって、次にエピローグを読む。こうして、最初と最後を理解し、その過程を目次とページをめくりながら理解する。実際にページをめくってみることで、次の見出しまでの量感がわかるので、僕は目次だけで過程を把握することは基本ない。その上で、詳細を狙っていく。頭に入れる「情報量」を自分でコントロールしながら、インプットしていくのである。実に健康的な食事であろう。
この考え方、スタートアップ特有のスモールスタートにも通ずる概念だなと思った。まずは一旦小さい投資で始めてみて、そこから大きくしていく。スタートアップにとって、無駄な投資は即死を意味する。リスク回避にも繋がってくる話だ。
火おこしにも近いものもある。ガソリンに火をつけていきなり大きくするのではなく、小さな火種を大きくしていく過程は、ある種、安全に火を手なづけるためなのかもしれない。こう発想を巡らせていくと、僕はスモールスタート、ひいては粒度感を設定する重要性に、この世界の本質性を見出さざるを得ないのである。
もちろん、火はやがて大きくなる必要がある。スタートアップも、やがて大きくなる必要がある。いや、大きくならねばならない。本で言えばきっちり読み終わらねばならない。
このように、学習において粒度感の設定は非常に重要。
そこで話は粒度感が柔軟に設定できるメディアとは何か?と言う話になってくる。TV、漫画、アニメ、Youtube動画、これらは基本的に粒度感が固定的である。なかなか飛ばしながら見ることが難しく、作り手の粒度感に合わせてインプットするしかない。
一方で、本は読み手に、インプットの粒度感が委ねられている。パラパラとページをめくりながら、タイトルと太字になっている部分だけをさらって、プロローグとエピローグを読みながら、サラッと全体を掴むでもよし。1ページとじっくり格闘したって良いし。
だから、本というメディアは魅力があるのかもしれない。そんな気づきを得ることができた。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n9cd98844b1cc 公開日: 2024-02-14 18:00
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