祖父の団扇(2/2)

祖父の団扇(2/2)

https://note.com/reitsuzuki/n/n649724e84d61

スカスカの駐車場に車を停める。

受付を済ませた母は赤いストラップを持っていた。これは特別許可証。いつどの時間でも面会が許されるストラップらしい。家族の空気は重たくなる一方だった。

休日の病院は実に静かだった。(おそらく)普段より抑えめの照明、スタッフの数も少ない。急に子供が発熱してしまった親子が、順番待ちをして座っている。彼らを追い越すように、僕らは上の階へと向かう。そのときの座っている親たちからの睨むような視線、横で苦しむ子供への愛の強さゆえか。

祖父との面会は2人ずつ、まず僕と祖母で行くことになった。まず、病院が用意してくれた専用のマスクを2枚重ねで着用する。次に、お医者さんが手術のときに着るようなブルーの医療用防護服で、被るようにして身を覆う。最後に、ゴム手袋、そして、目にアイシールドを装着。まさに完全防備であった。放湿を一才許さない。

というか何を話そう。結局、面会の直前まで何も考えられなかった。加えて、この不快感。2重のマスクによって、吐いた息が全て上に漏れて、僕のフェイスシールドを曇らす。脱ぎたいけれど、どうしようもない。 僕は、心の持ちようで、心地よさを獲得しようと努めた。

そして見つけた、ある記憶。

「祖父の団扇」を思い出した。

夏、祖父母の家はなぜかエアコンをつけていなくても快適だった。実家に帰省したとき、僕はよく昼寝をしていた。竹の破片に紐を通して作られたやや硬めの枕に頭を乗せて、和室の井草の香りに癒されながら、昼寝をするのが大好きだった。ただ、一番心地よかったのは、そのときに祖父が団扇を使って仰いでくれる風だった。

「人が仰ぐ風が一番気持ちが良いんだよ」

そのとき、祖父が話してくれた声は今も覚えている。 確かに、人生であんなにも気持ちのいい風を浴びたことは後にも先にもない。

背中に優しく当てつけてくれる団扇の風は、首振りの扇風機では絶対に再現できない質としての違いがあった。優しさと強さ、そして涼しさを抱合した、何にも変えられない、「癒し」だった。

・・・

祖母と2人で病室に入る。

それなりに広い、個室だった。

祖母が「じじ、きたよ」と声をかけるが、反応がない。昨日、母や祖母がお見舞いに行ったときは元気に話していたらしいが、その日の祖父は、もう話せる状態にはなかった。人工呼吸器を使って、苦しそうに呼吸をしていた。走った犬のような息遣いをしていて、確かに目は瞑っているが、寝ているとは言い難い様子だった。むしろ、”無理やり生かされている”とでもいう方が表現として正しいような気もしたが、祖母と3人でいるこの状況、何を口にしても表現として間違っているような気がして、僕にできることは、近くに座り、黙って祖父の手を握ることだけだった。

祖父の手はひどくむくんでいた。片栗粉や小麦粉を詰めた袋を触っているような感じ。僕の肉を押すと返ってくる反応=弾性の強さが違う。手のひらの親指の付け根、肉が膨らんでいるところを少し押してみても、押されたきりの感じ。跳ね返りが弱い。それと、すごくひんやりしていた。

祖父を前に、僕はいくつかの記憶を思い出していた。

一番古い記憶は、幼稚園の年長か低学年の頃だと思う。祖父の家のお風呂は少し熱くて、僕が入れずに渋っていた。そこで祖父は熱いお湯のなかに、袖を捲った褐色のたくましい腕を突っ込んで、力強くお湯を掻きまわしてくれた。すると、先ほどまで一切僕を受け入れる気を感じなかったお湯が少しぬるくなって、僕はお風呂に浸かることができた。それから祖父も湯船に入る。向かい合って入ると、祖父は必ず熱いお湯が出る給水口の方を陣取った。「こっちは熱いお湯が出るからダメ」と諭すのは良いけれど、それにしても祖父はどれだけ、背中の皮が熱いのだろう、と子供ながらに不思議に思っていたのを思い出す。あっけらかんとして笑う祖父の強さがとても暖かかった。

小学校6年生の頃には、「半纏(はんてん)」を買ってくれた。薄手で動きやすいのに驚くほど暖かかった。しかも、変に群れる事なくカラッとしていて、心地よかった。僕がアナログの機能性を信じているのは、こんなところに原体験があるのかもしれない。

他にも、

インスタントカメラでよく写真を撮ってくれたこと。

将棋崩しで一緒に遊んでくれたこと。

ドラえもんのファミコンのゲームをやらせてくれたこと。

すいとんの餅の作り方を教えてくれたこと。

サッポロビールの美味しさを教えてくれたこと。

麻雀を教えてくれたこと。

・・・

何分病室にいたのだろう。

祖父を見つめる僕に対して、祖母が「もう帰ろうか」と声をかけた。結局、祖父と話すことはできなかった。病室を出る前、なんて声をかけて良いのか、わからなかった。「また来るね」とだけ言った。それ以外にかける言葉は無かった。

次の日の朝、祖父は死んだ。 葬式の日、にわかに残暑が戻った秋晴れの日。僕の誕生日だった。

そういえば、米寿を祝う日、祖母が泣いていた。親戚の全員が予定を合わせて集まってくれたことに感動したそう。止まらない涙を拭いながら、「次集まるのはお葬式かね」と話していたのを思い出した。

人生で初めて、遺体を見た。

4畳半くらいの空間に、それは横たわっていた。よく月並みな言葉で「寝ているよう」 という表現があるが、僕はそう思えなかった。

明らかにそこにいる祖父は死んでいた。 人という感じが一才しなかった。

精巧に作られた祖父の剥製のように見えた。 絶対に動く気配がないような感じ、明らかにそれは人ではなかった。 出棺の前、手や足、体に触れることができた。

祖父の体はとても固く、そして冷たかった。 祖父の指と指の間の感覚が変わらない。 ひな祭りで飾る人形にお化粧を施すように、祖父の口に紅を塗っていた。

式を終えた帰り道。

空に浮かんでいた月は、おじいちゃんの顔のようだった。 僕が1つ歳を取った日。祖父が1つ魂を取られた日。

とても優しい人だった。ありがとう。悲しくはないよ。

ただもう一度だけ、あの団扇で仰いで欲しかった。

https://youtu.be/l0GN40EL1VU?si=zFF8iONDBQvZ7Y-y


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/na27d1ff866e2 公開日: 2024-01-01 18:00

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