絶対的な時間 is needed
絶対的な時間 is needed
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活字というか誰かのエッセイをひどく求めている。
著者の方に大変失礼かもしれないが、正直エッセイならなんでも良い。
旅行記まとめ系でも良いし、トラウマから得た人生訓系でも良いし、日常をミクロに見つめる系でも良い。
欲望が荒んでいる。
それもあってか、金曜日になるとAmazonのほしい物リストをダラダラ見る癖がついた。
僕のAmazonほしい物リストには、デジタル積読(そんな言葉あるのか?)された本がずらりと並んでいる。
画面を指でなぞりながら、明日明後日にその本を読んでいる自分を想像する。
心はそれだけでずいぶんと落ち着きを取り戻す。
求めているのは活字ではない別の何かか。
(結局本は買わないことが多くて、今ある本をもう一度読んでいる)
他人の書いたエッセイを読むと、言葉や言い回しなど色んな勉強があるが、圧倒的に「制作時間」の違いを感じる。
僕なんか、早ければ10分とかで”完パケ”としてしまうのに、他のエッセイは大抵、月1とか、2~3ヶ月に1度みたいな頻度で書き続けてきたものを寄せた感じだ。
恐らく、月1ペースで投稿している人も、毎日少しずつ書いて結果1本の記事になったわけではないだろう。実際は、1-2日で書き上げてしまったものもあるとは思う。
一方で、制作時間と執筆時間はまた違うものだと思う。
結局、書いていない時間帯にも執筆のネタや言い方を考えていることがあって、どこかいつもネタを探していたり、頭の中にあるネタをこねくり回したりしている。その時間こそが、執筆においてかなり重要だと認識している。
経験上、執筆時間は多少の伸び縮みができるが、制作時間は絶対的な一定の時間が必要だと思っている。これは人によっても違うだろうが、その人によって決められた時間は待たないといけないものだと思う。
それは、だんだんと一定のクオリティを出せる全体の制作時間は短くなっていく、というようなものではない。クオリティを基準においていないからだ。ある種の納得感というか、今あるベストを叩き出すという意味においての話である。だから、どれだけスキルや技術として成長しても、制作期間が変わることはないんだと思う。
平日に毎日投稿をしている自分としては、やはり、投稿の猶予を持つことが極めて重要である。最近の反省を生かして、少し「投稿を溜めておく」そして、「修正ができる余裕」を持ちたいと思う。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/nbd416035d9c9 公開日: 2024-04-02 18:00
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