自分の記事の探し方
自分の記事の探し方
文章と文章の合間に過去の自分が書いた記事リンクを貼り付けていることがある。
「前に近いこと書いたな。」
書きながらそう思うことがあって、遡ってはリンクを貼っておくようにしている。
前書いたことと同じということでは決してない。 今の方が整理されていたり、発展していたり、はたまた逆転していたりすることもあるが、それは当然「あの頃があったから」ということになるわけで。
実は目指しているのは究極の整理だったりするのだけれど、わかりやすさのために添付している。そりゃあね、『君の名は』でいう”会えばわかる”というくらい、絶対的に整理されたり発展された文章をこさえてみたいですからね。
そんな僕もだいぶ記事が溜まってきたので最近、遡るのが実に億劫だ。
画面をスクロールしながら、500以上ある記事のなかで該当する1つを見つけ出す作業は、継続的に微視的な集中力を必要とするので疲れる。
ただこれ、探し方を変えてみると一発で楽になるので、ぜひライフハックとして使ってみて欲しいのですが、結論から言うとズバリ、Google検索です。
例えば、「七夕に関する記事を書いたな」と思ったとき、
僕が開くのはnoteのアカウントページではなく、Google検索画面。
そして、「都築怜 七夕」とかで検索すると一番にヒットする。
クローリングしてくれているから、文章の内容の一部で良いのです。
頭に都築怜の名前を入れて、あとは思いつく単語を並べて検索すれば良いのです。
こりゃ素晴らしいなとGoogleに敬服する一方で、ふと妙な違和感が残る。
そもそも、インターネットという大海に比べれば、noteというプラットフォームのサーバー領域なんて本当に限定的であろう。
僕はnoteという小さな島のなかで「都築怜」という名を冠した本棚を用意してもらっている。 そこには僕が書いた記事だけが時系列順に綺麗に並べられている。
要は、「ここには僕の書いた記事しかない」とわかりきっている1つの本棚のなかから該当する記事を探すよりも、 無限に広がる大海原を前に「この世界のどこかに僕の記事があるはず」と言い残して身一つで泳ぎに出る方が”楽だ”と言っているのだ。
オンラインという世界のなかで、距離感の縮尺にバグが生じている。
でんじろう先生の科学の実験で、ふつう想定しにくい現実を目の当たりにしたような感覚だ。
この不思議について、干したおつまみをしがむように最近思い出しては考えているのを繰り返している。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/nccea5648ced0 公開日: 2024-04-25 18:00
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