言葉で作るアート(案)
言葉で作るアート(案)
書くことで獲得できる「自分の言葉」がある。 そんな「自分の言葉」だけで埋め尽くした一枚絵みたいなものが作れたら、それはアートになると思いませんか。
画家は視覚的なんですよね。 見ている景色の見える化 頭の中で見ている景色の見える化 などなど。
筆を使って、1枚の絵にしていくと思うのですが。 この情景を、言葉で描写する試みです。 それも自分の言葉で。
文章ではない。詩でもない。 筆を持って何かを描き出すことと何も変わらない、新しい言葉の使い方。
小説のように、虚構のプロットを作る作業ではありません。 シンプルに、あるままを描写するだけなのですが、全部に自分が自分で獲得した言葉を使うのです。
例えば、「牛乳を注ぐ女」。 フェルメールの作品でありますが、あれを言葉にしましょうと。
じゃあ、なぜ言葉にするのでしょう? 言葉にすることのゴール、目的は何でしょうか。 この答えですが、言葉にすることそのものがゴールになります。
この説明をするには、言葉の使い方の前提を見直す必要があります。というのも、ここでいう言葉の意味というのは、視覚的な想像を喚起させる手段としてのものでは全くないのです。 というか、視覚想像の手段としての言葉ならば、そもそも絵を描いて見せようぜ、動画、メタバースで見せようぜ、という話なので。
その点で、言葉を読んだ人が、あのフェルメールの「牛乳を注ぐ女」を視覚的に想像できて、そっくりそのまま写すように描けるようになること、がゴールではないのです。 僕の言葉一つひとつがある1つの到達点を迎えているのです。そこには、文字を見た人が見ただけでエクスタシーを感じる新しい世界があるような気がするのです。
視覚はない、そこには文字しかないのです。 文字と内なる衝動のコネクト。 どこまで行っても言葉だけがある世界において、それは可能になるんじゃないかと。 ハイコンテクストな文化領域になりそうな。 だって、りんご=あの赤いやつ、になるんだから。
これは、新しい意味のバリアフリーを実現します。 目が見えない方にも優しい設計なのでは。
近い例、数字で宇宙を見てる人いますよね。 すごい大きな仮想の天体望遠鏡を作って、ブラックホールを撮影したチームの人たちって、確か、絵じゃなくて数字で宇宙を見てるんですよ。数字が宇宙そのものなんですね。あんな感じに近いのかもしれない。
これ絶対伝わってない。 僕も僕でまだよくわかってない。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n884de3372a08 公開日: 2023-02-01 17:00
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