言葉は駅のようなもの。駅と駅を繋げてできる景色に美しさを見出せるか。
言葉は駅のようなもの。駅と駅を繋げてできる景色に美しさを見出せるか。
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人間は、その人が使う言葉でできている。
言葉は駅のようなもの。
駅と駅を繋いで線路を敷く、これが「文」になる。
最終的に出来上がる街に美しさが宿っているか、ということが技術論的に重要な話。
ただ、テクニック以前に、「自分にとっての美しい景色」が自分のなかで見えていなければならない。設計図は、ビジョンができた後に書くものである。
だから僕は最近になって絵を描くようになったのかもしれない。文章を書きたいなら風景画を見るべきだ。
だから、絵画のようなものだと思えば良いのだ。文章なんて。
眺めたり、見たりして、「読んだ感覚が何となく掴めたもの」がいい文章なんだと思う。なんのストレスもなく読むことができて、読了感に満足できれば基本的にはオールオッケー。シーシャみたいなものかもしれない。フレーバーのに癒されながら、吐いた煙に満足を見出す。
映画だって、ワンカット残らず、全てのシーンを順序通りに記憶して、映画館から出てくる人間なんていないだろう。本だってそんなもので良いのだ。きっと。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n0c2d1fe360fb 公開日: 2023-10-20 18:00
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