酸素ボンベ
酸素ボンベ
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もし人生を航海に例えるとするならば、生きている間の時間は酸素ボンベのようなものだと言えるかもしれない。
ほんとうの酸素ボンベと違うところといえば、まず栓がないこと。それと、タンクに入っている空気の総量がわからないこと。
ここは海。周囲は一面の青。僕は1隻のボートの上で、栓の壊れた酸素ボンベを抱えている。上空から自分を俯瞰した様子を絵にするならば、きっとそのキャンバスは鮮やかな海の色で塗りつぶされてしまうことだろう。それほどまでにちっぽけな存在、それが自分だ。今はただ、ぷしゅーと酸素が漏れ続けている音を聞いているだけ。人生とは所詮、そんなものなのかもしれない。
せっかく海の上にいるのならば、そして酸素ボンベを持っているのならば、船の上でウジウジしてないで、海に潜っってとことん遊んだら良いじゃないか。そう思う人もいるかもしれない。
ただ、そもそも僕はあまり享楽的な主義をあまり好まない。ミセスグリーンアップルさんは好きだけれど、「この世界はダンスホール」だとかあまり思いたくない。というより、そう思いたくても思えない部分がある。人生一度きり、やりたいことをやり尽くそうぜ、という感じが苦手だ。
なんでだろう、と少し頭を巡らせてみたところ、どうやら考え方に極端な思い切りを感じてしまったのが発端かもしれない。「やりたいことやるだけ、以上!」みたいな雰囲気が、いまの自分を取り巻くあらゆるものから必死に逃れようとしているのを感じるのだ。そこまでして振り落として、どこで何がしたいの?と思うのだ。
もう少し、僕は今の世界を生きていたい。どんなに辛くても、この世界に生まれてしまったのだから、そこでどうするかを考えていたい。何も「やりたいこと」だけに絞ったことではなく、他の意味も付け加えられたような、大きな意味での使命みたいなものを全うできればそれで良い。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/na0481c0fbe29 公開日: 2024-04-15 18:00
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