長濱ねるさんのエッセイ『たゆたう』を読んで。
長濱ねるさんのエッセイ『たゆたう』を読んで。
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正直書くかどうか迷っていた。
(本人も作中で言っていた気がするが、)僕も誰かの作品について語るのはすごく苦手なので。 書くかどうか、強いて言うならいつか投稿予定の「記事にするまでもないことまとめvol.3」のなかに、本作の読了報告をちょろっと忍ばせておこうかな、とは思っていた。まさに、バチェラー5の西山さんのごとく、「話題に出したから心動かされたと言っているようなもん」といわんばかりに。 でもこうして書いている。本人によるエゴサに引っかかれば良いなと、アホらしいほど平易なタイトルをつけて。
それは、作品で著者の話をするのではなく、僕の体験で著者の話ができると思ったから。
これはあくまでも僕の話、とりわけ、部屋に飾ってある絵画の話だ。
オディロン・ルドン『仏陀』
時差的に、僕は何と何が頭の中で繋がったのかを理解した。
長田弘さんの「贈りもの」という好きな詩があります。 その一節より。 “大事なのは、自分は何者なのかではなく、何者でないかだ。急がないこと。手を使って仕事すること。そして、日々のたのしみを、一本の木と共にすること。”
長濱ねる『たゆたう』より僕は、長濱ねるさんの『たゆたう』の最後にあった彼女の好きな言葉を、この絵を見ながら思い出したのです。
僕は、この絵がとても好きであったが、その「好き」ということがどういうものか、敢えて言葉にしたことはなかった。 それを、長濱ねるさんが紹介してくれた詩によって、綺麗に説明してくれたような気がした。
そうか、だから僕はこの絵が好きなんだ。 そう思えたとき、この本を読んで良かった、と改めて強く思った。 いい本に出会えた。
いつか話してみたいな。 読書が好きみたいだから、ネックライトを勧めてみよう。
https://note.com/reitsuzuki/m/m9427bf6d581d
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n7b7ba664cd34 公開日: 2023-09-13 18:00
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