Ichi in London:
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私は目を閉じ、深呼吸をする。ウェストボーン・グローブの喧騒が、遠くから押し寄せる波のように聞こえてくる。階段を降りる足音、傘の開閉音、そして時折聞こえる笑い声。これらの音が織りなすロンドンの日常が、私の意識を徐々に包み込んでいく。
Nakajimaが私の足元で丸くなっている。彼の存在が、この静寂をより際立たせる。窓から差し込む光が、アーンドル・スクエアの緑を柔らかく照らしている。昨日とは少し違う風景。木々の葉の揺れ方、雲の形、そして空気の匂い。些細な変化が、新鮮さを運んでくる。
ふと、階段での出来事が頭をよぎる。昨日、下りの際に腕を振っていた女性とぶつかりそうになった。彼女の腕が私の股間にクリーンヒットしそうになり、咄嗟に体をひねって避けた。そのときの驚きと恥ずかしさが、今でも鮮明に蘇る。
この出来事は、日常の中に潜む予測不可能性を象徴しているようだ。我々は毎日、無意識のうちに様々な「衝突」を避けながら生きている。物理的な衝突だけでなく、感情的、思想的な衝突も。そして時に、それらの衝突が思わぬ気づきをもたらすこともある。
カフェ「The Rosemary Garden」に到着し、窓際の席に座る。古い寄木細工の床がきしむ音が、この場所の歴史を物語る。ノートPCを開くが、言葉は容易には紡ぎ出せない。隣のテーブルに目をやる。若いカップルが熱心に会話している。彼らの表情や仕草から、その内容を想像する。恋愛、仕事、将来の夢。彼らの会話が、私の中に新たな物語を紡ぎ出していく。
キーボードを叩く音が、カフェのBGMと不思議なハーモニーを奏でる。言葉が、意識から浮かび上がるように、画面上に現れては消える。階段での出来事を、メタファーとして使えないだろうか。人生における予期せぬ出来事、それを避けようとする本能、そしてその過程で得られる気づき。
ふと、自分の姿がカフェの雑踏に溶け込んでいく感覚に襲われる。個と全体の境界が曖昧になる瞬間。それは、人間と環境の境界線も、実はそれほど明確ではないことを示唆しているようだ。
アパートに戻り、再び仕事に向かう。Nakajimaが膝の上で丸くなる。彼の柔らかな温もりが、安らぎをもたらす。目を閉じ、明日という未知の物語に思いを馳せる。それは、人間と環境が共に歩む、無限の可能性を秘めた世界なのかもしれない。
そして、階段での出来事を思い出す。あの瞬間の驚きと恥ずかしさ、そして何とか避けられた安堵感。日常の中の小さな冒険。それは、私たちの存在の有り様を象徴しているのかもしれない。予測不可能な出来事に満ちた世界で、私たちは常に調和を保とうとし、時に衝突を避け、時に受け入れながら生きている。
この思考の連鎖が、新たな物語の種となっていく。キーボードを叩く音が再び響き始める。言葉が、意識の奥底から湧き上がってくるように感じる。それは、階段での出来事から始まり、人生の予測不可能性、個と全体の関係性、そして日常に潜む哲学的な問いへと広がっていく。
夜が更けていく。窓の外では、ノッティングヒルの街灯が柔らかな光を放っている。Nakajimaが小さくあくびをする。彼の存在が、この静かな創造の時間をより豊かなものにしている。明日は、この物語をどこへ連れていってくれるだろうか。その期待と不安が、心地よい緊張感となって全身を包み込む。
あとがき
階段の昇降の際に、よく傘の持ち方についての議論が持ち上がるが、ぜひ腕を振って歩く行為もその1つとして取り入れてもらいたいものだ。階段で腕を振って歩く人が前にいると、ちょうど僕の股間にクリーンヒットするのだ。それが女性だったりすると、僕の方が巻き込まれた事故であるのに、さも当たり屋かのような雰囲気が出てしまう。
都築怜
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n87fd2b8d5657 公開日: 2024-07-05 18:00
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