Ichi in London「投票」

Ichi in London「投票」

目覚めると、Nakajimaがベッドの端で丸くなっていた。カーテンの隙間から差し込む朝日が、彼の毛並みを優しく照らしている。昨日とは少し違う光の角度。窓を開けると、アーンドル・スクエアの湿った芝生の香りが漂ってきた。昨夜の雨の名残だ。

朝のルーティンをこなしながら、昨日のことを思い出す。投票所に向かい、白票を投じたこと。その瞬間の複雑な感情が蘇ってくる。民主主義への期待と失望、そして自分の選択への迷い。これらの思いが、まだ胸の中でもやもやとしている。

「Nakajima、行ってくるね」と声をかけ、外に出る。ウェストボーン・グローブの喧騒が徐々に耳に入ってくる。階段を降りる足音、傘の開閉音、そして時折聞こえる笑い声。これらの音が織りなすロンドンの日常が、私の意識を徐々に包み込んでいく。

カフェ「The Rosemary Garden」に向かう途中、ふと立ち止まる。道端に置かれた段ボール箱に「FREE BOOKS」と書かれている。中を覗くと、「民主主義の本質」というタイトルの本が目に入った。昨日の投票行動が、再び頭をよぎる。

カフェに到着し、窓際の席に座る。コーヒーを注文しながら、さっきの本のことを考える。民主主義は本当に機能しているのだろうか。一票の重みとは何なのか。昨日、白票を投じた自分の行動は、果たして正しかったのだろうか。

ノートPCを開くが、言葉は容易には紡ぎ出せない。隣のテーブルの若いカップルに目をやる。彼らは昨日、投票に行っただろうか。もし行ったとしたら、どんな思いで一票を投じたのだろう。

キーボードを叩く音が、カフェのBGMと不思議なハーモニーを奏でる。言葉が、意識から浮かび上がるように、画面上に現れては消える。民主主義、選挙、一票の意味。これらのキーワードが、頭の中でぐるぐると回る。

ふと、自分の姿がカフェの雑踏に溶け込んでいく感覚に襲われる。個と全体の境界が曖昧になる瞬間。それは、一票と全体の関係性にも通じるものがあるのではないか。白票を投じた行為は、この曖昧さの表れだったのかもしれない。

アパートに戻り、再び仕事に向かう。Nakajimaが膝の上で丸くなる。彼の柔らかな温もりが、安らぎをもたらす。目を閉じ、明日という未知の物語に思いを馳せる。それは、人間と社会が共に歩む、無限の可能性を秘めた世界なのかもしれない。

そして、改めて昨日の投票のことを考える。白票を投じた瞬間の複雑な感情。それは、社会への参加と距離感、理想と現実のはざまで揺れ動く自分自身の姿を象徴しているのかもしれない。積極的に意思表示をすべきだったのか、それとも白票にこそ意味があったのか。この問いは、おそらく簡単には答えが出ないだろう。

この思考の連鎖が、新たな物語の種となっていく。キーボードを叩く音が再び響き始める。言葉が、意識の奥底から湧き上がってくるように感じる。それは、投票という行為から始まり、民主主義の本質、個と全体の関係性、そして日常に潜む哲学的な問いへと広がっていく。

夜が更けていく。窓の外では、ノッティングヒルの街灯が柔らかな光を放っている。Nakajimaが小さくあくびをする。彼の存在が、この静かな創造の時間をより豊かなものにしている。明日は、この物語をどこへ連れていってくれるだろうか。その期待と不安が、心地よい緊張感となって全身を包み込む。

問い続けること自体に意味があるのかもしれない。それが、民主主義を生きることの一部なのかもしれない。この思いを胸に、今日も一日が終わろうとしている。明日は、また新たな発見と疑問が待っているだろう。それを楽しみに、静かに目を閉じる。

あとがき

投票に行ってきた。白票を投じた。

都築怜


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n51bf327398a4 公開日: 2024-07-08 18:00

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