Ichi in London 16th July
Ichi in London 16th July
空気が澄んでいる。そう感じた瞬間、私はロンドンの朝の匂いを深く吸い込んだ。昨日までの湿った重さが嘘のように消え、窓の外には青空が広がっている。Nakajimaが窓辺で気持ちよさそうに毛づくろいをしているのを見て、思わず微笑んでしまう。
「今日は良い日になりそうだね」
そう呟きながら、いつものようにキッチンに向かう。コーヒーを淹れながら、ふと昨日読んだ本の一節が頭をよぎった。「人は常に高みを目指すが、その過程で見落とす些細な美しさがある」。著者の名前は思い出せないが、その言葉が今朝の穏やかな空気と妙にマッチしている気がした。
コーヒーを片手に、小さなバルコニーに出る。向かいのアパートの窓が朝日に輝いている。普段は気にも留めない光景だが、今朝は特別に美しく見える。高層ビルに囲まれた東京での生活を思い出し、ここノッティングヒルの街並みとの違いを改めて実感する。
「タワーマンションか、それともこんな古い建物か」
つい先日、友人とそんな会話をしたことを思い出す。彼は最上階の眺望を羨ましがっていたが、私はこの古びた建物の味わい深さに惹かれる。確かに、高層階からの眺めは素晴らしいのかもしれない。地上の喧噪から離れ、静寂に包まれる感覚は魅力的だ。しかし、そこには何か大切なものが欠けているような気がしてならない。
バルコニーから身を乗り出し、通りを見下ろす。早朝にも関わらず、既に活気づいている。パン屋から漂う焼きたてのパンの香り、新聞配達の自転車のベルの音、犬の散歩に出かける近所の老夫婦の笑い声。これらの音や匂い、そして人々の存在が、この街の魂を形作っているのだと気づく。
高層ビルの最上階から見下ろす街は、きっと美しいだろう。しかし、それは絵画のように遠い存在で、触れることも、匂いを嗅ぐこともできない。ここでは、街の息遣いを直に感じることができる。それは時に騒々しく、時に煩わしいものかもしれない。だが、その生々しさこそが、私がこの街に魅了された理由なのだと改めて感じる。
コーヒーを飲み干し、再び部屋に戻る。仕事を始める前に、少しだけ文章を書こうと思い立つ。パソコンに向かいながら、今朝の気づきを言葉にしていく。
「高みを目指すことは大切だ。しかし、その過程で足元の豊かさを見失ってはいけない。タワーマンションの頂点で感じる孤高も、古い建物の2階で感じる生活の温もりも、どちらも等しく価値がある。大切なのは、自分にとって本当に大切なものが何かを見極めることだ」
書き終えて、ふと顔を上げると、Nakajimaが私を見つめていた。その瞳に、理解したような光が宿っているような気がした。微笑みながら、彼の頭を撫でる。
「さあ、今日も頑張ろうか」
そう言って立ち上がると、窓の外から子供たちの笑い声が聞こえてきた。高層ビルの頂点では聞こえないであろうその音に、心が温かくなるのを感じる。今日一日が、このようにかけがえのない瞬間の連続になることを願いながら、私は仕事に取り掛かった。
人生の価値は、必ずしも高さや大きさでは測れない。むしろ、日々の小さな幸せの積み重ねにこそ、本当の豊かさがあるのかもしれない。そんなことを考えながら、私はキーボードを叩き始めた。今日も、この街との対話が始まる。
Atogaki
今も昔もタワマンに住みたいなんてこれっぽちも思わない。たかがしてれてる大きさの直方体に、人がひしめき合ってることの何が良いのか、個人的にはその良さがよくわからない。ただ最近1つだけ良いなと思ったのが、30階とか40階のようないわゆる最上階みたいな高さにいると、生活音が聞こえてこないらしい。要は高すぎて、地上の音が届かないというのだ。それは非常に面白い。なぜなら普通、人は静けさを求めて、”横”に逃げるものだ。それは”ココとは違う別の場所”に移動すること。自然の多い場所に行ったり、デジタル環境があえて整備されていない場所に行ったり。それに対して、タワマンの件に関して言えば、”縦”移動のアプローチによって、その静けさを獲得しているわけだ。フリーダイビングするようなものだ。これは確かに面白いなと思う。天然の天空防音ルームでターンテーブルにレコードを乗せてみれば、それはさぞ気持ちの良い体験になるのだろう。
都築怜
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n78775f637753 公開日: 2024-07-16 18:00
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