「ダサい」を克服しよう。

昨年の秋ごろ、少しお話しさせてもらった1人の女性がいる。

お昼過ぎ、少人数で集まって話して、それから話したことはないけれど、今でもたまにすれ違う。多分、向こうも僕を覚えていると思う。

その女性と、いつもとは違う場所でばったり出くわしたのだ。

僕がファミリーマートから出てきたときに、女性は別のお店から出てきたのだ。

なぜこのときそう思ったかはわからないけれど、絶対にこのタイミングで彼女に挨拶をしようと、自分で自分に強く言い聞かせた。

今でもたまにすれ違うときがあるのだが、変にスカしたようにスルーしている自分が非常に気持ち悪いと、実は前から思っていたのだ。

それでも、もしかしたら自分のことをもう覚えていないかもしれない。変な空気に鳴るかもしれない。そんなことを思いながら、変にスカすことに慣れてしまっていた。

でもそんな自分、ダサくないか?

少なくとも僕は知っている女性で、一度ちゃんと話したことがあって、更に今後も継続的にすれ違う機会がやってくるくらいの関係ならば、堂々とした挨拶一つくらいできないとダメじゃないか、と思ったのだ。

それで向こうが、知らないそぶりをしても良いじゃないか。

僕のなかで、自分が知ってる人に対して知らないようなフリをするのは、もうしたくないと思ったのだ。

もう、絶対に今日、僕はこの女性に挨拶をしよう。

女性は、まだ僕に背を向けるような体勢で、見送ってくれるお店の人に感謝を伝えている。

女性が振り返る。目が合う。

なんと、その人は思いっきり別人だった。

まさかこんな展開になるとは。

僕は、もう誤魔化しようがなかった。

なぜなら、もう「僕はあなたのことを知っていてこれから挨拶をしようとしています」という視線を僕は発してしまっていて、しかも、目が合ったということは、その視線を彼女が確認してしまったことを意味しているから。

もう距離感としては、挨拶せざるを得ない距離感である。

僕は、目の前の女性が完全に知らない人だとわかった上で、ぺこっと挨拶した。

当然、女性は非常に困惑した様子。

つい先ほどまで店員さんに向けていた笑顔を30%程度残したような感じの顔つきで、わかりやすいほどの「誰だこいつ?」みたいな視線を僕に突き刺してきた。

僕はいつ「ダサい」を克服できるようになるのだろう。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n80a675910764
公開日: 2024-02-26 18:00