tえ…nk

tえ…nk

僕を除いて2人で会話が行われている。

本を読みながら、頭の片隅でその会話の30%くらい、BGM的に耳に入れている。突如、新しい話題が、すいっと投げられた。

“あれ、tえ…nkってどのあたりだっけ?”

うまく冒頭がうまく聞き取れなかった。聞こえてきた感じの音から推測されて出力された単語は僕の中では「天国」しかなかった。

いや、そんなわけない。

“どのあたりだっけ?”みたいな述部の締め方から、どこか場所に関する話題を振ったことは間違いない。が、よりによって、その場所が天国なわけないでしょう。というか、天国は「場所」なのか?

まぁ良い。朝からずっと本を読んでいて少し飽きた頃だったので、僕は2人の会話の続きを聞くことにした。

あくまでも、さりげなく。

だって、割って会話に入るのも変だから。僕が聞きたいのは、「僕が今さっき聞き取れなかった場所に関する話題」だから。僕が入ることで話題が変わってしまうのは困る。 だから、体勢としては先ほどまでと変わらず、視線を本の開いたページにやる。その代わり、意識を全て耳に集中させて、2人の話を聞くことにした。見えているはずの文字がみるみる見えなくなっていく。

一応補足として言っておくが、ここまでの思考は全て、次の発言が行われるまでのコンマ数秒の時間のことだ。ただ、コンマ数秒であれこれ考えてしまうのが人間。だから本を読むと落ち着くのだ、本のことしか考えなくなるから。あ、今書いたことはそのとき思ったことじゃない。今思ったことだ。

そんなこんなで、次の発言を聞き入れる体勢が完全に整ったまさにそのとき、僕のなかで良からぬ遊び心が、もう止められないほど膨らんでしまっていることに気がついてしまった。

「このまま”天国”として話を聞いてみた方が面白いんじゃないか?」と。

欲求が顕在化されてしまった。それを押さえ込む理由もこの短時間では思いつかない。僕は見切り発車的に、以降の発言を耳に入れることになってしまった。

「いや結構遠いよ〜」 「歩いてどんくらい?」 「いやいや、歩くと結構あるよ。あそこのスーパーを向こうに行った感じだから。」 「あれ?〇〇警察署のあたりだっけ?」 「あぁ、そうだよ」 「あぁ〜それなら雨の日は行けない感じだ」

僕は必死に笑いを堪えた。天国に対する認識の軽さがあまりにも滑稽である。思わず吹き出してしまいそうになるのを、静かに大きく呼吸をする形で抑えた。

なんで笑いを堪えたかって、ここで笑ってしまった場合、2人に説明するのが実に面倒だもの。きっと2人は「本で面白いところがあったのかな?」と最初は思うだろうし。でも違うし。2人が天国の話をしているわけではないし。でも俺はそう思ってる(というかそういう遊びをしている)し。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n978e7c6b74cd 公開日: 2024-02-29 18:00

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