僕はエッセイスト(随筆家)になりたかったんです。
僕は僕のことを書いていたいんだ。
スキルや知識の共有、比較検討サイトなんか糞食らえ。
何がSEOじゃい。
その人の像がじんわりと頭の中に残る感じ。
そういう文章を書きたいんだ!
それが要するに「エッセイ」だった、という話。
言葉は知っていたけれど、気づかなかった。そんな話。
なんか誰かに説明するときも難しかった。
極めて個人的な話は、絶対に面白くて需要があるはずなんだと。
もしかして、これは僕の発明なのか?そんなことさえチラッと思ったこともあるくらい、あまり理解されなかった。
ただ、これは僕が悪かった。
こういった文章スタイルは、決して発明でもなんでもない。
「エッセイ」なのです。
僕ね、エッセイを書きたいんですよ。
で、エッセイで飯を食べたいんですよ。
それを、エッセイスト、かっこよく随筆家、というらしい。
そのことに1年経ってようやく気づくというね。
そう、僕は「エッセイスト」になりたいんですよ。
この気づきで、まず、途端に僕のなかでモヤモヤしたものがパーっと晴れた。
「文章の上達」「自分を表現するコンセプト」「メシを食う」このあたりの概念がごっちゃになっていたんですよね。
例えば、「文章を上手に書くこと」と、「自分を表現すること」は矛盾するのではというモヤモヤです。
要するに、書き殴ったものにその人らしさが出るのであって、成形してしまっては文面が没個性的になってしまうのでは?ということですね。
とはいえ、自分のただの日記でメシを食いたい。
ならば読みやすい文章であるべきで、僕が書き殴った下手な文章で、誰が読むねん、というモヤモヤ。
ただ、僕が書きたかったのはエッセイなんだよ。
だから、エッセイとして上質なものに仕上げていくアプローチはあって良くて、それが、上にあげた要素たちを、ちょうど綺麗に横串で一本通すような感じがしたんですよ。
早速何をやろうかってことなんですが。
まずはプロの文章を読ませていただこうと。
エッセイって読んだことあります?僕は人生で一回も読んだことないかも。
きっと、エッセイにはエッセイ道なるものがあるんですよ。
その中で守破離を通して、僕は僕の言語的表現を獲得できるのではないかと思うのです。
すごく、これから楽しみになってきた。
早速、ポチり。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n6884817ba8ef
公開日: 2023-07-03 18:00