書き言葉と話し言葉
書き言葉と話し言葉は違う。
なぜ異なるのだろう、と考えると、受け手にとって、聞く行為と読む行為が違うから、だと思う。
人間は、個人が備えている書き言葉と話し言葉のバランス、というものがある気がする。
例えば、ずーっと紙に向かって文字を書き続けてきた東大生は、話すときにも書き言葉っぽいことを話す感じがする。
一方で話し言葉を突き詰めてきた芸人さんの書くブログなんかは、もはや話し言葉そのまんまと言った感じ。
決して話が上手い人が文章が上手いわけではない。
その逆もまた然りである。
話し方、と書き方を少し似たように捉えてみると、文章を書くということは、ある種の文体というアイデンティティを獲得する行為である。
今朝、ボビーティモンズのピアノを聴きながら、そのことについて考えていたが、文体にはアイデンティティが宿る。
同じピアノを使っていても、弾く人間が変われば、音色はまるで違う。
そんな風にして、文体には人が宿ると思う。
追記:
書き言葉、文字としての言葉の世界があるんだという気づきを得た。
そのなかで、言葉の世界にしか存在しない言葉、みたいなものへの理解を深めていくことも、文章を書いていく上で、大切なことなんだなと思った。
数学で言う、虚数みたいな言葉が言葉の世界にもあると思ったのです。
虚数は、実数のような数とは違って、現実的な物理世界で例示できる概念がない(と思う)。
ただ、数学の世界における探究を広げる、深めるにあたって、あったほうがいい概念として虚数があるのだと、僕なりには理解しているつもり。
そんなことが、言葉の世界にもある。
言葉の世界で必要だから、概念として用意しているような、そんな言葉。
そういう言葉も上手に使いながら、言葉の海を上品に、雄大に、ダイナミックに、表現してみたい。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/na538dbc99850
公開日: 2023-07-11 18:00