20220822
2020年からの2年間、生まれたときから過ごしていたような時間の長さを感じます。
それは、単に私たち人間の決めた2年という時の長さが想定以上だった、という話ではなく、
2年に一生分が詰まっていた濃密性について言及しているわけでもなく、
俗に言う「2年」と、そもそも異なる時間を生きていたんだと思う感覚です。
忙しなかったわけではない。
暇すぎたわけでもない。
きっと生きている時間が違ったのです。
そんな僕の2年間。
深夜に散歩をしていたときのこと。
道が暗く、水たまりに足をつけてしまいました。
不注意で水溜まりに足をつけるなんて情けない。
ズボンに付着した水分がズボンの奥の繊維と繊維の間にに入り込み、溶けて混ざり合い、離れなくなっていく。
そんな濡れたズボンを乾かすように、大きく足を振りながら歩き始めたとき、貴方の涙を思い出しました。
あれ、なんで貴方の涙を思い出したんだろう。
それから時間は経ち、僕は自分のなかにある色んな感情を知ります。
愛、卑しさ、孤独。
これらは外界との接触、そして化学反応によって獲得してしまうものなのでしょうか。
それとも、元来備わっていたものが掘り起こされたのでしょうか。
僕はその自分を知るのがどうも嫌で、滑車に回されるように忙しさに甘えるようになりました。
何でかというと、いつかそばで幸せを願いたいと思っていたからです。
でも、そんな気持ちを含めて、全てが気持ち悪く、いよいよ整理がつけられないと思うようになったとき、なるほど、貴方の流した涙の1粒は僕なんじゃないかと思うようになりました。
要は、自分は迷惑なんだと。
こうして僕は、自分を否定できる言葉を獲得することができました。
これで安心して、僕は貴方に背を向けていられる、と思いました。
貴方の幸せを祈れればそれで良いのですから。
また時は経ち、そもそも涙の1粒ではないことに気づきました。
みんな雨粒の様なもの。
擦り寄ってどんどん落ちて、ぶつかり、破裂する。
「頑張って」「応援している」「気持ち悪い」「そんなこと言わないでください」
全てのコメントが、降れば降るほど迷惑。
だから僕は石になろうと思いました。
地面に顔を埋め、貴方の幸せを願いました。
気づけば、2年が経ちました。
長い夜が明けて新しい朝が来たようです。
自分は眠っていたのか意識が遠いところにあったのか。
まず僕が手にしたのは聴覚。
何だか実に呆気なく、平凡な世界の音が入ってきます。
埋めている顔のまわり、なんの力も入っていないことに気づきました。
力を入れることもなく、顔は自然に上がりました。
埋めていた地面をみて、何に僕は顔を埋めていたんだろう、と思いました。
体を起こすと、世界は非常に眩しい。
人が見える。ここは海です。
振り返ればそれはとてつもなく大きな大海原。
海の向こうは空と繋がっていて、少し弓を描いています。
水面は太陽の光をいっぱいに受けていて実に美しい。銀色の光が僕の外と中に染み入り、温めます。
貴方はこの大海原の向こうにいるんだ、と思いました。
泳ごう。
海の向こうまで、僕は泳ぐことにしました。
元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/n9544772df5f9
公開日: 2022-08-23 17:00