中心と周辺の話

他人のMacのカーソルが遅くてもどかしい。「スピードをマックスにすべき」と主張しても、なかなか理解されない。そこで見出した新しい説明——「中心と周辺」。地軸はゆったり回るのに、地表は猛スピードで移動する。周辺に振り回される人生から、いかに中心を取り戻すか。品や色気、ゆったりとした時間感覚。都築氏の唱える「カーソルマックス運動」は、PCに奪われた人生の中心を取り戻す、ささやかながら壮大な哲学だった。

Claude Sonnet 4.5


Macのトラックパッドは遅すぎる

たまに誰かのパソコンをたまに触ると、非常にもどかしい気分になる。カーソルのスピードだ。

僕は、自分のmacのカーソルの動くスピードをマックスにカスタマイズしている。マックスのスピードに慣れてしまうと、他人のmacのカーソルが、あまりにも遅く感じる。

指の動きに対して、カーソルが少ししか移動しないようで、実にもどかしい。

仕事で使う道具として、あまりにも非効率に感じるのだ。まるで料理人が刃の研いでない包丁を平然と使っているかのような。

個人的な意見としては、PCで仕事をする身として、あるいは生産性を高めていく責務を負っている者として、すべてのトラックパッドのカーソルスピードはマックススピードであるべきだと思っている。


カーソルスピードはマックスにするべき

名付けて「カーソルマックス運動」、これを布教していきたいのであるが、僕がこんな話をしても、なかなか受け入れられないのが現状だ。

なぜなら、普段のカーソルスピードに慣れてる人からしたら、速度マックスは余りにも”速すぎる”から。カーソルスピードをマックスに引き上げる良さは伝わりにくいこともまた、もどかしい。


中心と周辺

そしてついに、僕は新しい説明のアプローチを見出すことができた。それは「中心と周辺」という話だ。

先のように機能面に寄った説明ではなく、もっと美的感覚に強く訴えるものだ。下記のプレゼンテーションを聞いてもらって、ぜひあなたも今日から、Macのカーソルスピードをマックスにしてもらいたい。

色気のあって品良く生きたい全ての人に、このプレゼンテーションを捧げる。


カーソルに働いてもらう意識

品や色気、という言葉の概念に近接して存在する概念として、ゆったり、という概念がある。ゆったりは時間感覚を豊かに持っているイメージだ。

別に、ゆったりしていれば品があるわけでもないし、品を持つにはゆったりしていなければいけないこともない。それでも、非常に概念の存在領域として近接していることは確かだ。

じゃあ、今の生活で、どう「ゆったり」を確保するか、という話になってくる。こんなにも切羽詰まっていて、忙しいのに、どうゆったりするのか、という話だ。誰だって丁寧な暮らしをしたいけれど、**「それをする時間がないのだ!」、**そう叫びたい生活者はきっと僕だけではないはず。

そこで人は自分のタスクをアウトソーシングすることで、時間を確保しようとする。例えば、食洗機に洗い物をさせるとか、ルンバを買うとか、金持ちであれば家政婦を頼むとか。

自分以外のものに働かせることで、自分の手元を軽くする感覚だ。

同様にしてパソコン操作も、我々の操作を「ゆったり」にするために、機械を速く動かすことは、我々の豊かさを取り戻す上で、品や色気を取り戻す上で大切なことなのではないだろうか。


地軸の話

この話の普遍性担保として、僕は「中心と周辺」世界の1つの真理に沿った考え方であるとして整理している。

例えば、地球は地軸に対して、1日1回転、自転をしている。

ここで仮に、地軸が直径1mくらいの円柱のポールみたいなものとして、リアルに物理的に存在していたとしよう。それが自転のスピードに合わせて回転している様子を眺めてみるとすると、それは実に「ゆったり」していることが窺えるだろう。

そのポールは24時間で一回転するのだ。もしかしたらずっと止まっているかもしれないと錯覚するほど、遅いだろう。

じゃあ、地球の自転はゆっくりか?全くもってそうではない。

地球の表面に住む我々は、地球の中心を貫いている地軸からはだいぶ離れたところにいる。地球の円周が約4万キロなので、赤道直下とかに住んでいる人であれば、24時間で4万キロを移動しているのだ。その速さ、なんと時速1,666km。実に忙しいのだ。

地球を1回転させることは、地軸にとってみればなんてことないが、その表面に住む我々は速すぎてたまったもんじゃないのだ。


中心を取り戻す

他にも例えば社長が行ったたった1つの意思決定が、何千人という部下を走り回らせることだってある。

このように、世の中のあらゆる事象に対して、この中心と周辺の概念を見出すことができると考えている。常にどちらかが中心で、どちらかが周辺だ。

そして、常に中心はゆっくりで、対して周辺は中心に振り回されるようにして指数関数的に忙しい。これは世界の1つの真実だと思う。

そして、中心に自身を据えることが非常に楽です。

瞑想はモンキーマインドを躾けする行為だと言ったりしますが、それもまた1つの**「周辺にいた自分が中心を取り戻す行為」**のように感じます。

その意味でも、カーソルマックス運動も重要です。

それは、PCに奪われてしまった中心を、自らの手で取り戻す行為です。

いますぐ、macのカーソルスピードをマックスにしましょう。