戦略的に休む難しさ

お盆休みが明けると、仕事がそれなりに溜まっていた。
溜まっている仕事をこなすのは別に嫌じゃない。
…リス、みたいな気分になる。

目の前の餌を食べ、また別の餌が目の前にあってそれを食べ、こうして少しずつ前に進んでいくと、気づけば「夜」というゴールに辿り着くレースに参加しているリス。

そんな気分も相まって、体を動かさないと自分がだらしない体になっていってしまうような気がする。まぁ今は筋肉を付けていきたい時期だから、体重は「減っている方が」ゲンナリするのであるが。話がブレる。

・・・

とにかく、そんなお盆明けを過ごしていたので、在宅勤務の日であってもトレーニングの時間を確保することができなかった。中の上か、上の下くらいの忙しさであった。こうして、中4日ほどきっちり休んでしまった後のトレーニングの話。

トレーニングは、やり続けているのが一番楽。少し期間を空けてしまうとビビる。ビビるのはしょうがない、でもそれでやめてしまうのは良くない。これが負のスパイラルの入り口になってしまう。ビクビクしながら、まずはプランクから。

…なんと、想像以上に体が軽くて、疲れないのです。

まるで力強い何かが自分を支えてくれているような強さを自分に感じた。要は、偶然にも空いてしまった休みの期間がいい感じで体を休ませる、もっと言えば超回復につながって結果としてより良いパフォーマンスを出せる体になっていたのです。

確かに、インドアな自分はお盆休み期間、ほぼ毎日自分の体をいじめていたなぁと。ウェイト系のやつは部位別にずらしてやっていたけど、プランクと腹筋はほぼ毎日やっていた。休むことの重要性を体感した出来事であった。

本題はここから。

「これからも上手に休んでいこう」

と結論づけるのは簡単なのですが、実際に休むことはとても難しいことなんじゃないかと思ったのです。なぜなら、「休むこと」と「サボること」は違うものであって、これはサボりではなく休みなんだと自分のなかで整理をすることは簡単だからです。人間、苦痛から逃げるときの言い訳はよりクリエイティブになりますから。

1つ簡単なやり方は「何日やったら何日休む」というシステム化ね。でも、このやり方は僕はベターであってベストではないと思ってます。なぜなら、イレギュラー対応に弱くなるから。習慣の力を借りてるだけ、いざこのルーティンが何らかのイベントによって崩れてしまったとき、結局弱い自分と向き合う必要が生まれます。

本質的に物事を考えるべき。
自分の直近でこれまでやってきたトレーニング、そして体の追い込まれ具合を客観的に観察して、その都度判断を下すべきです。

一番大変なことだけど、これをやり切りたいと思っています。

でもね、そもそもトレーニングって本来辛いもので、それをしないという判断は、心のどこかにいる「甘えたい自分」や「怠けたい自分」が少なからずホッとしていたりするものです。それが決してサボリでなくても「あ、今日はやらなくていいんだ」と思ってしまう自分がいるのは確か。

それでもこれは「戦略的休暇」であると冷静に結論づける必要がある。
これが果たしてサボりなのか、休みなのかを問う作業は非常にきつい。


元記事URL: https://note.com/reitsuzuki/n/nfb2e54917177
公開日: 2023-09-06 18:00