彼女に「一生幸せにします」と言わなかった理由

私ごとですが、かねてよりお付き合いしていた彼女に先日プロポーズをして、無事、承諾をいただいた。

それは1時間足らずの、短くも実に素敵な時間だった。
もしも僕が魔法使いで、自分の守護霊を呼び出すために幸せな記憶を思い出さねばならないとしたとき、僕は迷わずこの瞬間を選ぶ。

その意味では、プロポーズってオルゴールみたいなものなのだろうな。


このときの思い出は、僕と彼女のささやかな思い出としてとどめておきたい一方で、エッセイを書く身としては、自身のプロポーズほど面白い「ネタ」もない。

そこで今日は、何があった/何を言ったかではなく、**「何を言わなかったか」**という切り口で話してみたい。

プロポーズの場で、僕は彼女に一度も「一生幸せにします」と言わなかった。
今振り返って、これが正解だとは思わないし、近い将来に考えが変わって後悔しているかもしれない。誰かに説得するつもりもない。

ただ、当時の自分なりに、それなりに真剣に考えたことを書き残しておく。


「一生幸せにします」は月9ドラマでいえば誰のセリフ?

「一生幸せにします。」
(指輪パカッ)
「僕と結婚してください。」

プロポーズでよくあるシーン。

一見なんてことない、というか大正解のセリフである。
じゃあこのセリフを、本当に自分が言う番になったとしたら?
自分の口から、自分の言葉として、腹落ちして、相手に伝えることをリアルに想像してみてほしい。

どことなく、2つの言葉の因果関係に、違和感を感じないだろうか。

極端に言えば、**「俺と結婚したら幸せになれるよ?だから結婚して?」という風に聞こえないだろうか。**結婚して欲しいという、本人の提案の確度を高めようと、まず先に「結婚したい」理由を述べているのだ。
すなわち、自分と結婚する利点を1つ挙げてから、結婚の承諾を得ようとしているのだ。
これってちょっと、セコくないすか?

例えば、月9ドラマを想定してみるとわかりやすい。

「俺と結婚したら幸せになれるから、結婚しよう」

このセリフ、主人公が言うセリフか、それとも、その恋敵のイケメン成金社長が言うセリフか。
紛れもなく、後者の恋敵のセリフである。

「一生幸せにする」っていうセリフは、考えるほどに主人公が言うセリフではない気がしたのだ。

周りくどいのは王道ではありません。

プロポーズするなら王道を好みます。


論点は、王道かどうか。

いよいよ本記事の核心に迫ってまいりました。

この議論の重要な論点は、「一生幸せにします」という言葉が、ど真ん中ストレートなのか否か。

僕は王道ではないと、そのとき判断した。
一方で、「幸せにします」というセリフを王道だと、評価するための論理を組み立てることもまたできる。

今になって、そう俯瞰してみれるようになった。

というのも、そもそも「幸せにします」という言葉は、どこまでいっても相手にとって経済的メリットを保証することはできない。
良くも悪くも、本人の決意表明にとどまってしまうのだ。だって、未来のことなんて分からないもの。

プロポーズする人が、どんなキャリアを築いて、どんな生活をしていくのか、本当の本当には分からないもの。
ひろゆきの言葉を借りればまさに「それってあなたの感想ですよね?」といえてしまうわけで、
相手に対して、結婚するメリットとして提示するにはあまりにも弱いエビデンスなのだ。

そのくらい弱いエビデンスだからこそ、「一生幸せにします」という言葉は、相手にとってのメリットではなく、自分の強い気持ちの表明、としてでしか、存在することができないのだ。

その意味では、「自分の強い気持ちを伝える」(だから)「結婚してください」、という流れとして受け止めることもできるので、そう考えたら、全然王道だ。


誰が何をいうか

ここまで、「幸せにします」が王道か否か、一人賛否みたいなことをしてきた。

最後に言いたい話が、じゃあ、「幸せにします、結婚してください」という言葉をカブアンドの前澤さんが言ったとしたら?
あれだけのお金持ちに、「幸せにします」と言われたら、そりゃあ、聞き手としても「でしょーね」という納得感が生まれてしまうのではないだろうか。

いやでも逆に、お金の部分の懸念が0だと自他ともに認められる前澤さんが言う「幸せにします」という言葉はそれはそれで、逆に相手の内面部分の幸福度を満たしたい、ということの表れとして受け止めることもできるか。

ともかく、誰が、何を言うか、という意味で、言葉の意味合いが変わってくる、ことは真実なのだろう。

ここまで話してきて、なんだか「幸せにします」と言わなかった自分がとんでもない自惚れ自信家だったのではないか、みたいな変な結論になりそうなので、この辺りでペンを置く。